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ペルー:フジモリ元大統領/《象徴界》の追跡 [状況と歴史]


ペルー:フジモリ元大統領、

   禁固25年が確定 市民虐殺で

2010年1月3日 20時35分 更新:1月3日 21時5分

ペルーのフジモリ元大統領
ペルーのフジモリ元大統領

 【メキシコ市・庭田学】1990年代にペルーで起きた市民虐殺事件をめぐり殺人罪などに問われた元大統領、アルベルト・フジモリ被告(71)の上訴審で、最高裁特別刑事法廷は3日、禁固25年の1審判決を支持することを決めたと発表した。裁判は2審制で、これにより実刑が確定する。元大統領の政治生命はほぼ絶たれたといえる。

 

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私自身は、アルベルト・フジモリの強権政治に対しては、

極めて強い批判があったので、この判決には喜びと追悼の念で

接しました。

それはフジモリという日系に虐殺された人々への追悼の気持ちが、

私には強くあるからです。

詳しく書きたいのですが、書くとまた長くなるので、

別の機会にゆずります。

これも後付けなので、たいした意味が無いですが、

確認したくて自分のためにやったことなので、

フジモリの顔の分析をしておきます。

Fujimori.jpg

 

imgalberto fujimori4.jpg
アルベルト・フジモリの顔の分析
《想像界》の眼で《第1次元 社会的理性領域》デザイン的人格
《象徴界》の眼で《第16次元 崩壊領域》のデザイン的人格
《現実界》の眼で《第8次元 信仰領域》《真性の人格》

《現実界》の人格
固体人間=前近代人
《シリアス人間》
《ハイアート的人間》

シニフィアン(記号表現)的人間。
『真実の人』

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まず、固体人間で、前近代の、封建的な人なのですね。

強権政治を敷いたそもそもの原因は、ここにあります。

しかも《現実界》の人ですから、情もモラルもなかったのです。

だから、抵抗する反対勢力を殺し尽くす方法をとった。

過酷な武断政治です。

《象徴界》が、《第16次元 崩壊領域》であるのは、
あまりにも、当てはまり過ぎていて、怖くなります。

モラルのかけらも無いのです。

壊れている人です。

しかし《現実界》では、《第8次元 信仰領域》の人で、
ここにこの人の真実があります。

かれはこの殺戮を正しいと信じて断行したのです。

 

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秘密裏に左翼ゲリラ掃討を担当していた軍の暗殺組織「コリーナ部隊」が、91年に8歳男児を含む住民15人を殺害したバリオスアルトス事件と、92年に学生ら10人を誘拐・殺害したラカントゥタ事件などについて、当時大統領だったフジモリ被告の罪が問われた。

 フジモリ被告は「コリーナ部隊の作戦に関与していない」などとして無罪を主張。しかし、1審判決は最高権力者である大統領が部隊を指揮した「間接主犯」と認定し、有罪を言い渡した。同被告は他の事件でも有罪判決を受けているが、ペルーでは最も重い刑期が適用され、禁固25年となる。

 日系2世で90年に大統領に就任したフジモリ被告は、左翼ゲリラの鎮圧や経済立て直しで成果をあげ、ペルーの功労者として依然、根強い人気がある。一方、92年に憲法を大統領が自ら停止するなど、強権的な政治手法から「独裁者」と批判されてきた。

 側近の汚職を引き金に3期目就任直後の00年に失脚。日本に事実上逃亡してからも大統領復帰を目指し05年11月にチリに渡ったが、拘束されてペルーに引き渡された。既に4年余りの拘束生活を送っている。

 一方、フジモリ派は11年の次期大統領選に元大統領の長女ケイコ・フジモリ国会議員(34)を擁立する見通しだ。地元ラジオ局RPP(電子版)によると、同派スポークスマンのラフォ国会議員は3日、「11年の選挙で我々が勝利することで、この判決をペルー国民が認めないことになるだろう。政治的勝利によってアルベルト・フジモリの名誉回復を目指す」と語った。


 ◇フジモリ元大統領をめぐる動き◇

90年7月 大統領就任

91年11月 コリーナ部隊がリマ市民15人虐殺

92年4月 「自主クーデター」で憲法停止

  7月 コリーナ部隊がリマの大学生ら10人虐殺

93年12月 新憲法が発効、民主体制に復帰

95年7月 2期目の大統領に就任

96年12月 リマで日本大使公邸占拠事件

(97年4月に軍特殊部隊が突入し、人質71人を救出)

00年7月 3期目の大統領に就任

  11月 東京から辞表。国会で罷免され日本滞在

  12月 日本政府がフジモリ氏の日本国籍確認

03年7月 ペルーが日本に身柄引き渡し要請

05年11月 東京からチリに到着、拘束される

07年7月 拘束先で日本の参院選に立候補、落選

  9月 チリからペルーに身柄引き渡し

  12月 ペルー最高裁で市民虐殺事件の審理開始

09年4月 最高裁の1審で禁固25年の有罪判決


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