奈良美智の作品 [アート論]
たまたま眼にした奈良美智の作品を、
芸術分析してみます。
最近の分析が複雑になって来ているので、
確認のためで、それ以上ではありません。
彦坂尚嘉による《言語判定法》での芸術分析
《原芸術》は無い
《芸術》は無い
《反芸術》は無い
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
《非芸術》は有る
《無芸術》は有る
《世間体のアート》は無い
《想像界》の眼で《第6次元》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《第6次元》のデザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第6次元》の《真性の芸術》
《想像界》だけの表現
気体だけの表現
《気晴らしアート》
《ローアート》
シニフィエ(記号内容)の美術
《原始平面》『ペンキ絵』
【B級美術】
奈良美智の作品は、《形骸》というものではなくて、
《非芸術》と《無芸術》の作品でした。
つまりデザイん性と、装飾的な官能性で成立しているのです。
気体美術だけというとろが、今日性と洗練性を生み出しています。。
《気晴らしアート》であることも、人気を成立させる重要なものなのでしょう。
分析をしてみて面白いと思ったのは、
《世間体のアート》が無いという事。
この事が、ある意味ではモダンアートの継続性を示している、
つまりモダンアートというのは、実は《世間体のアート》を否定して
いたからです。
奈良美智の作品は、
芸術分析的には、部分的にですがボナールの作品に似ているのです。
彦坂尚嘉による《言語判定法》での芸術分析
《原芸術》は無い
《芸術》は無い
《反芸術》は無い
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
《非芸術》は有る
《無芸術》は有る
《世間体のアート》は無い
《想像界》の眼で《超次元》から《第41次元》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《超次元》から《第41次元》の《真性の芸術》
《現実界》の眼で《超次元》から《第41次元》の《真性の芸術》
《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ重層的な表現
気体/液体/固体/絶対零度の4様態をもつ多層的な表現
《シリアス・アート》
《ハイアート》
シニフィアン(記号表現)の美術
《透視画面》オプティカル・イリュージョン
【A級美術】
ボナールは、『アートの格付け』的には、素晴らしいのですが、
しかし《非芸術》《無芸術》だけしかないという、
奈良美智との共通性があるのです。
ここで、マティスと比較すると、
マティスは、《原芸術》性をもっていることで、
ボナールよりも、
マティスの方が、芸術的偉大性を持っていると言えるのです。
つまり奈良美智的な《第6次元 自然領域》の作品で、
《原芸術》性をもっている作品というものも、
あり得るということです。
彦坂尚嘉による《言語判定法》での芸術分析
《原芸術》がある
《芸術》は無い
《反芸術》は無い
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
《非芸術》は有る
《無芸術》は有る
《世間体のアート》は無い
《想像界》の眼で《第1次元 社会的理性領域》だけの《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《第1次元 社会的理性領域》だけの《真性の芸術》
《現実界》の眼で《第1次元 社会的理性領域》だけの《真性の芸術》
《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ重層的な表現
気体/液体/固体/絶対零度の4様態をもつ多層的な表現
《シリアス・アート》
《ハイアート》
シニフィアン(記号表現)の美術
《透視画面》オプティカル・イリュージョン
【A級美術】
繰り返しになりますが、
『アートの格付け』だけで見ればボナールの方が、
圧倒的に重厚で、偉大な表現です。
つまりマティスは《第1次元 社会的理性領域》だけで、
産業ロック的な売り絵に過ぎないのです。
そころが芸術分析的には、
マティスは、《原芸術》性を持っている事で、
《原芸術》性を欠いているボナールよりも、
芸術的な本質性を持っているのです。
そして奈良美智は、《原芸術》性を欠く事で、
ボナール的なのです。
。
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