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アメリカ・モダンアートの崩壊(校正2) [アート論]

ロンドン帰りさんから、次の様なコメントをいただいています。

美術プロパーではないある批評家が世界の富裕層や美術館に収められた戦後アメリカ美術はサブプライム証券と同等でありアメリカの美術館はS&Pのような格付け会社としてながらく機能したと述べています。一種の洗脳ともいえるアメリカらしい方策でした。昨今のドルの暴落が象徴するようにNYを中心としたアートシーンは終焉を迎えるようです。おっしゃられるように、いわゆる教養的な芸術は本当に終了するはずです。

「ウィンブルドン現象」をご存じでしょうか。イギリス美術云々ではなく彼らが今後の帝国を組織しようとする意思があるのです。今後、ゲームの規則を彼らが提示していくはずです。イギリス美術の質とかターナー賞といった個別の事象とは違うのです。

終焉は1968年より始まっています。いま一度、ここ400年くらいの文化と経済の流れを検証する必要がありそうです。芸術とかアートとかで指示されるものが滅びても、それでも残るカタチとはどのようなものでしょうか。 
by ロンドン帰り (2009-10-08 19:50)  


「世界の富裕層や美術館に収められた戦後アメリカ美術はサブプライム証券と同等でありアメリカの美術館はS&Pのような格付け会社としてながらく機能した」というのは、
私も同感です。

ニューヨーク近代美術館(MOMA)の設立は1929年です。

Old_moma.jpg

SC1988_92_CCCR.jpg

1929年というのは、世界大恐慌の年です。
この世界大恐慌によってヨーロッパ美術は没落するのです。

crowd_outside_nyse.jpg

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06291935.jpg



恐慌で、美術品の価格も暴落しますが、底入れ後、
回復したのは、新しいモダンアートだけだったのです。
古いヨーロッパ・アカデミーの美術は値段が回復しませんでした。

この時からMOMAは、ヨーロッパに代わって、
モダンアートを積極的に先導して行きます。
それは図式的な歴史主義の展開であり、
強引なものでしたが、「アメリカ美術の勝利」として成功して行くのです。

特に建築、商品デザインポスター写真映画など、
美術館の収蔵芸術とはみなされていなかった新しい時代の表現を
積極的に収蔵品や常設・企画展示・上映などを行うことで、
世界のデザイン研究の中心としての地位をゆるぎないものにしたのです。

design_moma_july_davis.jpg

長谷川裕子の企画した『アートとデザインの遺伝子を組み換える』
という現象を、歴史の中で振り返れば、実はMOMAこそがこれを
押し進めてきたのであって、決して今日の特殊な事態ではないのです。
むしろ古い過去のモダニズムの中に、こうしたデザインの革新化が
あったのです。その中心のエンジンがMOMAでありました

しかしドラッカーの名著『断絶の時代』(1969年)が、
早くに指摘していたように、
実は1920年代までに《近代》の重要な技術革新は終了していた
のであって、1929年以降の歴史は、水平飛行であったのです。
そのことは芸術にも言えて、モダンアートの決定的な展開は、
実は1920年代までで終わっていて、
MOMAが先導したかの様な、その後の芸術史は、
実は決定的なものはない水平状況の中での、実はモンンアートの、
焼き直しと、ある意味での解体史であったと、
彦坂尚嘉は見るのです。

MOMAやり方には問題はありました。
私が特に感じたのは、キリコの形而上絵画以降の展開を、
MOMAが批判して、黙殺する路線をとった事です。

キリコは、自分のリアリティで、自己史を回転するかのような
螺旋運動をすることで、奇怪な複雑系の自己展開を遂げて、
最も早いポスト・モダンと評価されるものになります。

私自身は、キリコを高く評価するとともに、
この奇怪な複雑系の自己回転に共感して、
その影響を強く受けているのです。

MOMAのキリコ批判は失敗するし、間違いであったのです。
私はキリコの大回顧展をミラノで見ていますが、
キリコは、大巨匠でありました。

ですからおっしゃるように、このMOMAが、格付け会社のように機能
したと言えます。そのモダンアートの先導には、批判されるべき所も、
多々あったのです。
しかしレオ・キャステリをはじめとするニューヨークのギャラリストは、
MOMAを見て、モダンアートの歴史を知り、何をどのように作品として
扱えば良いのかを学んで、ギャラリーとして成功して行ったのです。

その意味で、1929年以降のアメリカ美術の成功を推進して行った
司令塔としてのMOMAの威力は凄いものでした。
燦然として輝いていたのです。
私は、谷口吉生が改装する前の古いMOMAが好きでした。
展示もきれいであったのです。

MOMA1929NovExhibit_small.jpg

しかし今回の世界金融危機よりも前の、1975年、
アメリカのベトナム戦争の敗戦は、モダンアートの終焉として結果した
のであり、アメリカ美術の崩壊現象を産み落とします。

それはシュナーベルから始まったニューウエーヴが、
事実上崩れて行った事、さらにはMOMAの企画展として
やったキーファー展の失敗などとして見られます。

この事を象徴的に示したのは、MOMAの改装展での1980年代90年代の
展示でした。まったくひどかったのです。
新装展にはシュナーベルもキーファーもありませんでした。

そもそも谷口吉生の改装は失敗で、
MOMAは現代建築になることで、
所蔵品の多くのモダンアートの作品との時代差の違和感を生み出しました。
しかしポロックの作品は例外で、
谷口吉生の改装空間の中で、今まで以上に美しく見えるように
なりました。

moma-28.JPG.jpeg

つまり彦坂尚嘉の私見では、アメリカ・モダンアートの崩壊は1975年
に、すでに起きていたのであって、
それ以後のMOMAのコレククションは、アート状況をコントロールも、
先導も出来ないばかりか、コレクションもうまく出来ない状態に
なったように見えました。
まだしもアメリカ美術のコレクションでは、ホイットニー美術館の
方が、状況を的確に把握する事に、ましであるように見えます。

さらに2008年の世界金融危機で、
アメリカ美術の没落は、決定的な段階に入ったと言えるでしょう。
それはロンドン帰りさんと、同意見であると言えます。
だからといって、世界最大の軍事力をもつアメリカ合衆国が、
衰退して行くには100年以上の時間がかかる事であって、
短期的には、無視し得ない力を保持し続けるのです。
アート作品も同様であって、アメリカの作家の中には、
高い芸術性を発揮する新人は生まれて来ているのです。


そしてまた、アフリカ美術だとか、
中国美術であるとか、インド美術であるとか、
ブラジル美術の時代が来たとは、私には思えません。
多くの作品は、芸術水準が低いのです。
しかも、本質的が固体美術、
つまり前近代美術の段階であって、真性の情報化社会のアートには
なっていないからです。

とは言っても、アフリカ美術にも、すぐれた作家もしるし、
中国美術にも、すぐれた作家がいます。
世界中が、芸術的には高度になって、
まったく違う枠組みになって来ている事は、
確かなように思えます。

彦坂尚嘉の私見を申し上げれば、
モダンアートの美術史は、歴史が横縞のように、展開しましたが、
情報化社会のアートの歴史は、縦縞のようになっていると見えます。
系譜学や、流派的な組み立てになって来ているのです。

そのことが、まるで歴史が止まったかのように感じさせるのですが、
実際には、作家も作品も動いてはいます。

何よりも、従来には例外的な巨匠にしかなかった倒錯領域をもった
42次元の全領域をもつアーティストが現れる事で、
伝統的な区別を解体した、拡散的で、散乱したアートシーンを
形成していくように見えます。

情報化社会の芸術は、どのようになるのか?
その問いに、ここで正確に答えるのは無理です。別の機会に
書きたいと思いますが、しかし基本は予想の出来ない
複雑系の世界になっているということです。

逆に言えば、MOMAが支配し、先導したモダンアートの時代という
のは、単純系の世界であったのです。

つまり単純系の時代が終わって、
複雑系の時代になったのです。

複雑系の世界を、従来のMOMAのようには支配することは
誰にもできません。
歴史は、グローバリゼーションの進展だけではなくて、
逆流するかの様なローカリゼーションの展開と
合わさって、複雑な進展をへて、
地球環境の悪化の中で、
次第に、地域性の高い、
新・中世になっていくのではないでしょうか。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

最後に「ウィンブルドン現象」についてです。
この文章でロンドン帰りさんが、何を書こうとしたのか、
最終的な意味が私には読み取れません。

「ウィンブルドン現象」というのは、
テニスウィンブルドン選手権で、世界から参加者が集まるため
に強豪が出揃い、開催地イギリスの選手が、勝ち上がれなくなってしま
った現象を指します
ここからはじまって、
場開放により外資系企業により国内資本企業が淘汰されてしまうことを
ウィンブルドン効果と言うというのです。


ただ「ウィンブルドン現象」は、日本の柔道や、
大相撲にも起きているし、
国際化した寿司にも起きているのです。
さらにはピアノやヴァイオリンの新人の国際コンクールにも起きて
いるし、様々な所でみられるのです。
それがグローバル化した世界の状況なのです。

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コメント 5

らん

スタンダードオイル御曹司ジョン・ロックフェラー2世の奥さんの近代美術コレクションがMOMAになったなんて話もあるみたいですね。

村上隆もロックフェラー財団の奨学生だし。
いつもロックフェラーの影がちらついていて、まるでロックフェラー家が時代を作っている、もしくは美術界を先導するつもりだったんでしょうか。

ロックフェラーと言えば元祖石油王でもありますが、最近石油以外の代替エネルギーブームでもあるんですよね。金融危機でシティバンクも相当やばそうですし、ロックフェラー家の時代の終焉という見方も出来ますかね?
by らん (2009-10-13 13:06) 

ヒコ

らん様
コメントありがとうございます。
MOMAは、おっしゃるようにJ.D.ロックフェラー2世夫人、L.P.ブリス女史、C.J.サリヴァン夫人という3人の女性によって発案され、開館しています。
メトロポリタンのアフリカ美術のすばらしい、信じられない様な大コレクションもロックフェラーが作っています。

たしかにロックフェラー家の滅亡という未来も、考えられないわけではないですね。
by ヒコ (2009-10-14 09:01) 

さちよ

ロックフェラー家は基本的に昔から日本人を贔屓するというか好きというところがあるような気がします。
野口英雄もロックフェラー財団に支援してもらって米国で研究してませんでしたっけ?
身近にも日本人大好きなロックフェラー家のメンバーがいました。

by さちよ (2009-10-14 23:16) 

みかん

ロックフェラー財団が奨学生に選ぶのは、
その国の国民が持っている価値観をあえて
破壊したり混乱させるような作品をつくる作家だと聞いたことがあるのですが、ガセネタなんでしょうか?
by みかん (2009-10-14 23:45) 

ヒコ

さちよ様
コメントありがとうございます。野口英世はロックフェラーですね。
ご指摘の傾向はあるのでしょうね。

みかん様
ご指摘のように、他国に対する文化侵略や破壊工作と言う面は、あると思います。
by ヒコ (2009-10-23 07:54) 

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