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小さな完売と、考え方 [気体分子ギャラリー]

彦坂尚嘉 様


 昨日から今日にかけて彦坂さんのブログからの作品購入者が

 3名でした。

ということはお送りいただいた作品は完売いたしました。


1点は持ち帰りたいとのことでお渡ししました。

この先の購入希望の方へ出来れば作品数点を追加していただけますか。


熱烈ファンがいらっしゃいますね。

新鮮な感動を味わった一日でした。


○○○○

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 カスヤの森現代美術館

 〒 238-0032

 神奈川県横須賀市平作7-12-13

 tel   046-852-3030

 fax   046-852-7488

 e-mail info@museum-haus-kasuya.com 

 http//www.museum-haus-kasuya.com

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私の作品を買って下さったみなさまに、
感謝します。

カスヤの森現代美術館からのご要望があるので、
作品を3点追加いたしますが、
その画像は、ブログを改めてご紹介します。



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日本が一億総中流の時代には、
中流の人々が、アートを買わなかったという思いが、
私にはあります。

そのせいもあって、中流に対する失望が私の中にはあるのです。

さて、そういう意味で、
現在の中流解体による、日本経済の墜落、
そして世界の中で最悪の赤字財政が到達するだろう破綻への道程は、
ひどい状況ですが、しかし一億総中流の失望の時代よりは
ましかもしれないという思いがあります。

上流のコレクター

中流が解体される事で、上流が生まれて来ていて、
上流階級の人々は、高いものを買います。

それは高いランクのギャラリーで、作品を買います。

ですから、私も作品を高額になるように制作しなければなりません。

額も、高めのものを付けなければなりません。

私の現在のギャラリー状況の中では、
アートフロントで売ってもらうのが、一番良いという状態です。

ギャラリー・アルテさんも頑張って下さっています。

あと昔の関係が残っていて、
ザ・マーケットにいる杉山旭さんから言われたので、
実は昨日、10号前後くらいの作品を2点、
徹夜で完成させて、新橋のザ・マーケットの会場まで手で運んで
入れて来ました。
1月のオークションに出品するためです。

作家が作品を直にオークションに出品する時代に
なって来ています。

徹夜で制作して、そのまま立教の授業を2コマやって、
さらに昨日はラカンと美術の読書会でした。

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今の状態では、
オークションでは安い価格で、落ちるか落ちないかも
分からない状態です。

定価は30万円以上のものでも、5万円程度で落ちています。
5万円でも、落札できる事を良しとして、耐えなければなりません。
マーケットの性格を把握して学習して、適応できる方法を
考えなければなりません。

そういう意味で、《原芸術》の反対にある《社会芸術》という概念は、
重要なものです。

これについては、このブログでミケランジェロ論として
詳論する準備をしています。

《近代》という時代は、
モダンアートは、基本は《原芸術》を中心にして抽象美術
/ミニマルアート/概念芸術までの展開を計ったのです。

しかしそれは同時に結果に至ってしまった事と、
ベトナムでアメリカが敗戦する事で、
事態は反転したのです。

いや、正確にはネオダダからポップアートへと反転して行く時点で、
実は《社会芸術》へと、芸術の基盤が反転したのです。
この反転は、もともと社会の中には潜在していたのであって、
迷宮としての世界―マニエリスム美術 』という
グスタフ・ルネ ホッケの著作が、邦訳では1960年代半ばにでますが、
これが転換点になっていたと、私の私感ですが感じます。

しかし《社会芸術》への1980年代の転換は、
同時に短命な美術作品を量産的に発生させる事に帰結し、
さらにそれは1990年代2000年代という20年間に
再び繰り返されました。
この1980年代から2009年までの30年間の美術家を思い起こせば、
華やかなはずなのに、実は惨憺たる荒廃も同時に出現してきて
いる事が見えるはずなのです。

彦坂尚嘉が考える結論は、
《原芸術》と《社会芸術》の分裂そのものに問題があるのであって、
この統合が重要なのです。

彦坂尚嘉と、そして気体分子ギャラリーの活動は、
《原芸術》と《社会芸術》を統合した作品を展開して行きます。

制作は、《超次元》から《第41次元》のすべてを描いて、
しかも《原芸術》《芸術》《反芸術》
さらに《非芸術》《無芸術》《社会芸術》のすべてを同時表示
する事を基本にします。

アートフロントギャラリーが売ってくれている事と、
それと、うまく行っても行かなくても、
オークションでもささやかに頑張る事。

さらに自分が主催する気体分子ギャラリーでも、
売れても売れなくても、
高額で展開しなければならないのです。

気体分子ギャラリーというのは、
《第6次元 自然領域》の凡庸主義の作品ではなくて、
《第41次元》と《超1流》作品を売っていことを目的にしています。

それは上流階級の人々に、
高い金額で、高いクオリティの作品を提供することを
目的にしているギャラリー活動なのです。

昨日徹夜して完成させた2点も、
《超次元〜第41次元》のすべてを持っていて、
しかも《原芸術》《芸術》《反芸術》、
さらには《非芸術》《無芸術》《社会芸術》のすべてを持っている作品
なのです。

この《非芸術》《無芸術》《社会芸術》の面をも持っていることで、
従来には無い総合的な作品を目指して行きます。

制作は、手間も時間も、材料費もかかるのです。
しかもフルコースのこうした作品は、もしかすると売れにくいかもしれません。
その場合にはアトリエに残して、
死後の販売の可能性にかけるしかありません。

同時にこのフルコースと平行して、
《第1次元 社会的理性領域》と《第41次元》という組み合わせの様な、
洗練した作品を展開します。
売れる作品は、『アートの格付け』では、むしろ2つの格を
もつものくらいの方が、見る方は楽だろうと思います。
作品的にも、実は洗練度を上げることが出来るのです。

コレクターというのは、結局自分の感性に合わせて作品を選ぶので、
フルコースは無理で、より軽いものを求めるのです。
そして軽い洗練された作品は、芸術的にも高度なものなのです。

重いものと軽いものの両面での制作の追求が必要です。
マティスもまた、このような両面での制作がされていますから、
そういう2重性は重要なのです。



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下流のコレクター

下層階級の貧乏な人々の中に、
アートを買うコレクターがいるのか?

常識的にいえば、貧乏人の中にコレクターはいないとは思います。

しかし歴史的には、江戸時代の浮世絵というのは鑑賞芸術であった
のですから、下層のアートコレクターというのが、
存在したのです。

下層の貧乏人の人々に、安物のアート作品をつくって売りたいという
思いが、昔からありました。

その辺で「深川いっぷく」の白濱万亀さんと付き合ってきたのですが、
なかなか巧く行きませんでした。

こういう事は無駄であるとも言えますが、
しかし私の中には、そういう下層への欲望があるのです。

というわけで、最下層の貧乏人の人々に向けて、
5000円、6000円の作品を作りました。
カスヤの森現代美術館に出品したものも、
そういう作品です。

これでも高いとは言えますが、
これらは複製ではなくてオリジナルですし、
真面目に制作しています。
小さくても、売るためのものでも、
《真性の芸術》を求めて、真剣に真面目に制作しています。

ただ売るだけでなくて、
将来的な転売と、作品価格の高騰を目指して、制作しています。

小さい作品です。
こうしたものはコレクターにしか、見えないのです。

私の方は売れても、売れなくても制作を続けて、
いろいろなところに出して行くという事をやらなければなりません。
それは過去の実例がそういう必要性を示しているからです。

全作品に、『アートの格付け』を付けます。
現在、「深川いっぷく」に並べているものが、
この『アートの格付け』のシールが間に合っていませんが、
カスヤの森では付けました。
遅れでも「深川いっぷく」でもつけますのでご了承ください。

貧乏人がアートコレクションをつくって、
貧乏人美術館を、無数に生み出すなどということは、
あり得ない事かもしれませんが、
しかしファンタジーとしては成立する事なのです。

そういう意味で、「夢想のプロジェクト」であります。


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コメント 2

丈

駄美術というのがあって、駄菓子をもじったものですがグリコのおまけのような、貧しさの中にあって光る、お札のような作品ですね。
by (2009-12-18 18:22) 

ヒコ

丈様
お返事は、もうひとつのブログで書きました。
by ヒコ (2009-12-19 21:51) 

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