故山田幸司氏の通夜へ [建築]
建築教育現場/彦坂美術館の模型(2) [建築]
新堀学さんが、五十嵐太郎さんの研究室の学生のプラン、
つまり彦坂尚嘉美術館の合評をなさったので、
その記事を転載させていただきます。
転載の許可はいただいています。
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五十嵐さん
こんにちは。新堀です。
昨日はいろいろとありがとうございました。
さて、少しメモから各参加者へのコメントを整理しておきます。
■全体に:
□タイトルをつけよう!
・課題の名前を提案タイトルにするのではなく、自分のアイディアに名前を付け
てください。
□自分の名前をきちんと伝える
・プレゼンテーションをする空間と見合う声の出し方があまりできていない。
・「伝える」という意思を表す第一歩なので、大きくはっきりと喋りましょう。
・プレゼンテーション自体の大きさとも関係しますが、半径6m以内の人にすべ
て理解させるためにどうしたら良いか(図版を大きくする、文字も見やすくする、
模型も作りこむ)について考えるとよいと思います。
□関連しそうな(少なくとも近代建築史の)
過去の建築について参照するように。
・観念的な課題+現実的なクライアント要件というものなので、後者はともかく、
前者について勉強したほうがよいと思います。
・「アーキラボ展カタログ」とか、「球と迷宮」(絶版?)とか「未来都市の考
古学展カタログ」とかに目を通してみるとアンビルトの設計の意味、おもしろさ
に触れられるだろうと思います。
■個別に■
□ヒラタさん:
・秩序的空間の中から、IPP(皇居美術館プロジェクト)という異物を引き算さ
せることで、ノイズを発生させるというアイディアはわかりやすいと思うので、
あとはそのノイズ(空間)がどのように面白いのかをぜひ伝えてほしい。
セッションで話したように、でかいサイズの一枚の図版をがんばって仕上げてみ
てはどうでしょうか。(本江先生にA1パースのお話を伺ってみてください。その
時の手法はケント紙+木炭デッサンだったかな?)一度描いてみると、一つ怖い
ものがなくなります。
□サイトウさん:
機能の空間と、象徴の空間が単に隣り合ってしまっているところを、少し整理し
てください。同じレベルなら、「ぶつける/対決させる」か、あるいはそれぞれ
を切り離して別のレベルにするか。
□チェさん:
ショーウインドウには少なくとも二種類あって、その立面に対して垂直に干渉す
る「額縁タイプ」と進行方向と平行な「壁面タイプ」とがあるのですが、それぞ
れのタイプの使い分けを明確にしましょう。
今はすべて壁面タイプなのでしょうけれど、そうすると壁面の長さで一つのシー
クエンス表現を組み立てるというデザインになります。
なので、話したように展開図を一種巻き物のように構成しておもしろさをデザイ
ンするというのはどうでしょうか。長さとその長さ(映画でいえば尺)の中での
構成ですね。
それが折りたたまれていく、分岐していくとすれば一種のロールプレイングのマ
ップとして平面が作れる。
□イチノヘさん:
7つのギャラリー+アトリエの盛りだくさんのテーマですが、少ししぼってはど
うでしょう。ギャラリー+アトリエで7つにするとか。正直地下のアトリエまで
手が回らないのではと危惧します。
オープンアトリエとしてアトリエをギャラリー化する試みはいろいろな場所で行
われていることなので。
それから7つの空間それぞれと表現の対応なのですが、表現ジャンルのマッピン
グがなんだか物足りない感があるので、もう少しバランスが良くなるよう、たと
えば越後妻有とか横浜とかのカタログで、ジャンルのバランスをチェックしてみ
てはどうでしょう。
□ミウラさん:
考えていること、到達地点が明確だった点はよかったです。また敷地の表と裏側
の地域性を引き込むということに対して具体的に考えていた唯一の案でした。
で、二つだけ。
中央の中庭空間の建築性についてのメッセージ(作りこみ)をもっと。
それから敷地の表と裏に対する「顔」のデザインをきちんとする。(これについ
ては、磯崎さんのつくば、水戸がどのようにそれを作っているかあたりを参考に
してみてください。)
□ミキさん:
アイディアは明快なので、そのスタディを面白くのめりこんでやってみると、ど
こかで一線を越えられると思うのですが。
多数性、解像度の高度化によって、状態が変わる場所、スケールが現れることを
期待しているならば、とにかくそこまで行きましょう。
模型のことについて質問がありましたが、一日にひとつつくってひとつ壊すでも
いいです。今回の課題のためというよりは、自分が模型に何を期待するのか、そ
れをどうコミュニケーションに使うのかということについての経験=道具を手に
入れるというテーマをもうひとつ重ねて作るということで。
後ろの半円がなんとなく古典的で、またその外側の敷地の余白に対しての思考停
止があるようで、その点は気にかかりました。
□カワサキさん:
斜めの話、パラン+ヴィリリオについては調べておきましょう。参照できそうな
のはリベスキンのユダヤ博物館もありますね。(菅野美術館はいうまでもなく)
で、プライムな構造とサブの構造とを表現的に意識することが、スタディの手が
かりにもなるだろうと思います。
□キタモトさん:
ラカン的な世界観をどのように空間として表現するか。一種の建築曼陀羅なわけ
ですが、とにかくそこに集中してみてください。
テラーニのダンテウムとか、ルドゥー、ブレーなど参照、勉強しましょう。
タイトルをよろしく。
(今週はラカン読まなくていいです。彦坂さんのブログから想像するものですす
めましょう。笑)
では、がんばってください。
ヨコハマ国際映像祭2009/GRL [日記]
訃報 山田幸司さん [告知]
関係各位、
山田幸司さんが、昨夜、名古屋市栄の階段で事故に遭い、搬送先の名古屋市大久手の
総合病院にて、本日の昼、永眠されました。
誠に痛恨の情にたえません。
本日の昼過ぎから夕方にかけて、山田さんの奥様と弟様から北川まで電話にてご連絡いただき、
通夜及び葬儀、告別式の情報等をいただきましたので、ご連絡いたします。
故人のご冥福をお祈りし、謹んでお知らせ申し上げます。
通夜日時:2009年11月22日(日)
18時から
通夜場所:セレモニー澤村 西尾心月ホール
西尾市住崎5丁目90
TEL 0563-57-5111
FAX 0563-59-6876
葬儀・告別式日時:
2009年11月23日(月)
10時から
通夜場所:セレモニー澤村 西尾心月ホール
西尾市住崎5丁目90
TEL 0563-57-5111
FAX 0563-59-6876
名鉄西尾駅からタクシーで5-10分ほどです。
私は通夜に参列いたしますが、何かございましたらいつでも北川の携帯までお電話ください。
080-4224-4221
心からご冥福をお祈りいたします。
北川啓介
音楽/反音楽/非音楽/無音楽(加筆【YouTube画像】追加1) [音楽の頂点]
PHONEXのCD聴かせていただきました。まず耳に入って来るのは
ノイズですね。ドラム類の布団をたたけばモクモクとたち現れる
ホコリノイズ。フルート、クラリネットもノイズを多用した奏法で尺八風。
(ライヒのドラミングにはノイズがないですね。ノイズを伴えば
ミニマルな音の構築性に靄がかかる。)
最近聴いた音楽で
面白いなと感じたコンサート2題(HNK-FM)は芥川作曲賞
選考演奏会2009ー小出雅子と、作曲家の個展2009-中川俊郎です。
小出はオーケストラに楽器でない音をふんだんに持ちこみメルヘンチックに
覚醒した音世界を創った。まあ、ライブエレクトロニクもこれにあたるが、
小出は生な素材を扱っているのかな。
中川は楽譜の中に記譜と白紙の部分があって
白紙の部分はオーケストラの即興・インプロヴィゼーション、作品タイトルが
合奏協奏曲だからカデンツアでもあり奏者全員がソロでカデンツアを演奏
している。(作曲部分と即興部分の聞き分けはつかない)
3者に共通しているのは、外部の招聘で、楽音以外(ノイズ)、楽器以外、作曲以外によって、音楽の地平を広げようとしている。
最近はアンビエント音楽、環境音楽ーブライアン イーノ風音楽が流行りの
様だけど、退屈音楽。退化音楽の様にも聞える。どうでしょ。これは全面外部だから、退屈なんだ。
《音楽》《反音楽》《非音楽》《無音楽》のすべてが、
《無芸術》と《芸術》の統合/2010年代の活動 [アート論]
2010年代に区切りを入れるということは、今継続中の活動を切っていくということ
アーティスト(他の公人にとっても)としては、意識においても実際の活動内容におい
Jackson Pollock
Full Fathom Five(1947) に対する彦坂尚嘉責任の芸術分析。
《無芸術》と《芸術》の統合/2010年代の活動 [アート論]
2010年代に区切りを入れるということは、今継続中の活動を切っていくということ
アーティスト(他の公人にとっても)としては、意識においても実際の活動内容におい
Jackson Pollock
Full Fathom Five(1947) に対する彦坂尚嘉責任の芸術分析。
斉藤義重の学歴について [アート論]
斎藤義重は、受験に失敗します。ですから斎藤義重の最終学歴は中学校卒ということになります。そして正規の美術教育というものは受けていません。つまり色彩論、比例論、構図論、芸術空間論、主題論、芸術史/美術史といった、現在、美術を語る上で必要な基礎的学問を学んでこなかった、ということです。
現在の人は、美術作品を制作するには、自分の中にある想いや感性を発揮することが一番良い作品を作るのだ、というように考えていますが、それはカントの天才論の通俗化にすぎません。実際は、美術というものを歴史的に振り返ってみると、ギリシア時代から美術制作は高度の学問性を持っていて、美術家は作品をつくることと同様に、理論も多く書いてきています。
紀元前五世紀にはギリシアでは、美術家による美術についてのさまざまな文献の発生がみられます。ポリュクレイトスの人体のポロポーションの研究書『カノン』、画家ティマンテスの『絵画概論』。
紀元前四世紀になると、パンフィロスの算術や幾何学についての書物、さらにエウフラノルの比例と色彩論、アペッレスの芸術論、メランティオスの絵画論、
ニキアスの主題論。そして紀元前三世紀のパンフィロスが登場して、「学問のあらゆる分野、とりわけ算術と幾何学において完璧な修練をつんだ最初の画家」との評価を確立します。
これらの知識は一世紀の古代ローマの博物学者プリニウスによる『博物誌』全三十七巻に流れ込み、その芸術作品についての記述は古代ローマ芸術についての資料として美術史上の高い評価と、大きな影響を与えます。このプリニウスの『博物誌』が、ルネサンス期の15世紀に活版印刷で刊行されて以来、ヨーロッパの知識人たちに愛読されたからです。
このギリシアからルネッサンスにいたる美術家の思想は、《学識ある画家》という理想像なのです。そして、レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci 一四五二-一五一九)に象徴されるように、芸術家というのは万能人のような広範な知識と見識と視野の深さが必要な職業となります。それは単なる職人や、奇人変人、さらに狂人とは一線を画する高度な知識人です。
斉藤義重はしかし、中学校卒という低学歴が示すように、ギリシア〜ルネッサンスに至る《学識ある画家》という理想の外に位置する《無知の美術家》であったのです。
ではこのような学識を欠いた《無知の美術家》というのは、アジア的美術家の宿命で会ったのでしょうか?
中国においても、四世紀後半の南北朝時代の東晋の画家である顧 愷之は、名画の祖と言われ、著作も『啓蒙記』『文集』があったと言われていますが、失われています。
五世紀の宗炳の『画山水序』という最古の山水画論があります。ここで「透視図法 」を具体的な制作方法としての説いているのです。「透視図法 」としては、ヨーロッパでは十五世紀に初めて確立されるのですから、一〇世紀も東洋美術は先行していたのです。
さらに中国の六朝時代の画家である謝赫の世界最古の画学書/画品書である『古画品録』
等々、実に多くの精緻な画論と画法、そして美術史を、美術家たちは記述してきています。
しかし現代になると、“前衛”という名の下に、芸術家達には次第に知識や学問というものを重く見ない傾向が出てくるようになりました。例えば、第二次世界大戦後のフランスのジャン・デュビュッフェ(Jean Dubuffet 一九〇一-一九八五)という作家は、従来の西洋美術の伝統的価値観を否定して、子供や「未開」人、精神障害者などによる絵画を《アール・ブリュット=生(き)の芸術》と呼んで賛美しました。なぜそうなるかは、かなり複雑な事情があるので、ここでは十分に論じられませんが、一つには、大きな背景に第二次世界大戦による破壊状況があります。この時は、日本もヨーロッパも戦火で灰燼に帰しました。そしてこの荒廃が、芸術にも大きな影響を与え、ある種の“野蛮な状態”になった、と筆者は考えます。それは、現在で言えば、例えば、核戦争後の世界を暴力が支配する野蛮世界を描いたオーストラリアのアクション映画『マッドマックス2』(一九七九年)に出てくるような核戦争後の荒廃した世界、モヒカンヘアーで暴れまわる暴走族などを描いた世界観が、一九八〇年代全般のSF映画をはじめ、漫画『北斗の拳』など以降の数多くの作品に影響を与えたのと同様の状況と言えます。
しかし八〇年代のこうした日本の動きとは逆に、アメリカの美術家は大学四年間だけでなく大学院に進学し、その修学は九年に及び、PHDを取得していくのが大勢になりました。日本でも村上隆や松井冬子がPHDを取得しているように、芸術家が高度の専門知識を学ぶことは歴史の趨勢となっています。
そういう意味で斎藤義重が中学卒であることや、斎藤義重と契約して押し出した東京画廊の初代社長山本孝が尋常小学校卒という低学歴であったことと重ね合わせ、日本の前衛美術や現代美術の知的水準の低さが、フランスのデュビュッフェ的な未開主義につながる日本固有の民度の低さと原始/未開芸術主義として理解される、という説明が成立します。芸術の趣味判断/ダニエル・ブェスのパーカッションを例にして [音楽の頂点]
スイスと日本の新しい音楽
<experiment> 2009年8月1日(土)18:00-20:30 STUDIO 1619
<live> 2009年8月3日(月)19:00 杉並公会堂・小ホール
《月に憑かれたピエロ》などの注目すべき公演、WERGOのミューラー=ジーメンス作品集をはじめとするCD録音に携わってきた。
33名に及ぶメンバーはそれぞれ現代音楽のスペシャリストであり、スイスを代表する現代音楽アンサンブルとして、バーゼルでの
定期演奏会の他、スイス国内各地はもとより、ヨーロッパ諸国、中東、アジアなどの現代音楽フェスティヴァルに多数出演している。
建築教育現場/個人美術館の模型 [建築]
* 断面的に斜めの壁により、展示室を構成。
*こうきょびじゅつかこの他、巨大な皇居美術館を帝国美術館(?) が段階的に成長し、
覆い隠していく棟も計画中。
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川崎さんのプラン、大きそうですね。
壁が斜めですから、壁掛けの作品の掛け方を考えなければなりませんね。
作品を壁に付けるように、伝統的に考えて来た私の作品観というのは、
組み替えなければならないのかもしれません。
模型の精度が荒いので、良く分かりませんが、
作品展示を組み込んで、考えて下さるとありがたいです。
つまり伝統的な垂直の壁というのも、
美術館には必要なので、両方を考えて下さい。
* 地階を「象徴界」、1 階を「想像界」、浮いたヴォリュームの2 階を「想像界」と
捉え、各「界」に合わせた作品を展示。
*青山のショーウィンドウからヒントを得て、ガラスの壁面を平面的に何層にも重ね、
視覚効果を狙う。
*地階と浮いたヴォリュームが主要な作品展示空間。地階は3層吹き抜けで、
GL から見下ろせるような展示。
北本さんの《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ
重層的な建築というのは、コンセプトとして新鮮です。
私は、作品を《想像界》《象徴界》《現実界》に分離しては作ってこなくて、
むしろ統合を目指し、多様なものの重層的な表現を追求して来ました。
それが出来るようになると、
逆に、北本さんのプランのように、3界に分離する必要が見えて来ます。
なぜなら、人間は必ずしもラカンの言うようには3界を
合わせ持った人格者というのは、少ないからです。
《想像界》《象徴界》《現実界》の3界に美術館の階層があれば、
各自、好きな所に行って鑑賞することができます。
そういう意味では、統合されたサントームの階も作って下さると
良いと思います。
つまり4層の美術館です。
* 最厚1mの厚いかべに溝のような開口を開けることより、薄い壁ではできない展示室
内の関係性を生み出す。
*壁は平面的に斜めに構成。
*壁面をしっかり閉じないことで、青山の人々にとっての散歩道になるような空間を
めざす。
青島さんのコンセプトは、今ひとつ私には理解できませんが、
1メートルの厚い壁というものが、どのような空間をつくるのか?
興味深いです。
美術館に限らないですが、情報化社会の建築というのは、
管理社会特有のセキュリティの問題があります。
五十嵐太郎さんが書いている『過防備都市』という問題です。
つまり現実に、セキュリティを放棄できない事情が美術館や
ギャラリーにはあるのです。
越後妻有トリエンナーレの蔡國強のドラゴン美術館のような、
無防備美術館を構想することも可能ではありますが、
そうであるなら、過防備地区と、無防備地区との2重性の
ある建築は、あり得るかもしれません。
金沢21世紀美術館には、こうした2重構造性の萌芽があって、
それが開放感を生んでいましたから、
その更なる展開は、ありえるでしょうね。
それこそ無防備地区は、作品を好きに持って行けるということも
あって良いかもしれません。
*美術館の一部を爆破することにより、エントランスを生成。爆破が開館の合図。
*いくつものエレベータ内に作品を展示、エレベータに乗り込むと大きな展示空間や
マンションの一室など、様々な空間に移行。
*屋根は曲面ガラスによる大屋根で構成。
三浦さんのプランは、爆破とか、曲面ガラスの大屋根とか、
派手ですね。
エレベーターに作品を展示というのも、面白いアイディアですね。
展示というよりもインスタレーション作品にするのでしょうね。
*浮島がいくつも浮かんでいる一室の展示空間。
*作品を見渡せるように( ? )、巨大な半円の壁面に平面作品を一同に並べる。
三木さんの、浮き島の様な展示スペースというのも、
私の考えつかない事です。
台座部分が過剰化した美術館建築というのは、あり得るでしょうね。
しかし、同時に、まったく普通のニュートラルな展示スペースも
合わせて持っている事が必要です。
巨大な半円の壁面というのも、
実は伝統的な作品というのは、円形の壁面に対しては制作時に
考えていないので、
旧作を展示する普通のフラットな平面の壁面も、合わせて持っている
そういう2重性が必要です。
*皇居美術館のヴォリュームを巨大化→反転させ、それ自体を美術館とする、
中央のヴォイドに皇居美術館を抱えるという美術館。
*直方体の外壁は帝国美術館をイメージ。
皇居美術館を中心に据えるというのは、
良いですね。
それは新鮮です。
彦坂尚嘉の皇居美術館は、あくまでも建築模型彫刻ですので、
それが、ある意味での中心と考えて、彦坂尚嘉の作品全体を
とらえるというのは、考えてみる値打ちがあります。
*みずからの尾を加える「ウロボロス」から着想をえて、分棟配置された展示室を
チューブでつなぎ、来館者を一周させる。
*曲面で掘り込まれた部分は新人アーティストや彦坂さんの制作場所や展示場所。
来館者はそこへは行けない。
来館者はそこに行けないというのは、
透明な壁面で区切った場合には、2重性があって、
行けないと言う面と、解放されて見えると言う面とありますね。
せんだいメディアテイクの透明な壁面の開放性と過剰性は、
新鮮でしたので、そういう構成はあり得るでしょうね。
*青山のショーウィンドウ性に着目。都市区画の延長として展示室のヴォリュームを
構成。
*24 時間楽しめる美術館。例えば右の画像の展示室では、黄色の線で書かれた部分に
ガラスが入るが、営業後でもガラスの外から
展示が楽しめるウィンドウショッピング的美術鑑賞体験ができる。
チェホンジュンさんのショーウインドウ型の美術館というのは、
新鮮だと思います。24時間見られるというのも、
この現代の不眠都市現状を体現していて面白いと思います。
展示替えは、重要になるので、
その辺を、何か考える必要がありますね。
ガラス面も曲面や波形というのもあり得ますね。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
彦坂尚嘉は11月24日に仙台に行きますが、
その前の17日には、建築家の新堀学さんが、行って下さって、
途中の講評をしてくださいます。
それもあって、先日、新堀さんはわざわざ藤沢まで来て下さって、
私と打ち合わせをして下さいました。
美術館建築というものの伝統性を知らない学生の斬新さを評価する面と
《近代》の集約としての美術館システムを学習する問題の
2重せいがあるという、その辺の案配の問題でした。
美術館というのは、単なる展示スペースではなくて、
実は収集と保管を基本に、学術的な研究の場所であったのです。
彦坂的には、パリのピカソ美術館が楽しかったという、
思いがあります。
あれは古いお城のリノベーションでした。
新築美術館が、斬新さと、学問の場としての伝統性とを
合わせ持つものであって欲しいと思います。
採光と、耐光性、空調、収納庫、学芸員室、図書館、
情報検索システム、そして他の美術館やアーティスト、
そして観客、さらには市場とつながった情報有機体として美術館を
構想するアーキテクチャーが必要なのです。
今日の複雑さは、人類史上ないものです。
それを少しでも考えて下さればと思います。