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世田谷区立富士中学校3年1組クラス会 [日記]

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クラス会2.jpg
撮影:中神氏

中学3年の時の府川次男先生の人格的な魅力で、
クラス会が続いています。
再下段、右から2番目が彦坂尚嘉で、
3人目が府川次男先生で80歳でおられます。
最後部中央の眼鏡の人物が
東京大学社会科学研究所教授の仁田道夫氏です。

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キッチュとアートをめぐって [アート論]

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撮影:糸崎公朗

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撮影:栃原比比奈

昨日は、「深川ラボ」で、五十嵐太郎さんをお迎えして、
白濱雅也さんが、シンポジウムを開きました。

現在の表現状況の中で、
キッチュやキャンプの問題を、
純粋芸術や建築との関連で話す水準としては、
ほぼ入門としては、まあまあ基本を押さえた話とは
なりました。

それと額の問題を五十嵐さんがフレームアップして下さって、
問題が重層化して興味深いものになりました。

1939年のクレメント・グリンバーグの「キッチュとアバンギャルド」
から始まって、
フランシス・ピカビアの1940年代のキッチュな絵画、
そしてアンディ・ウォーホルなどのポップアートの表現。

1964年のスーザン・ソンタグ『キャンプについてのノート』など、
俗悪な表現の問題は、重要な問題となって行ったのです。

さらに1960年代後半のロバート・ベンチューリの
『キッチュで醜悪な建築』という、ラスベガスの建築の
スタディーを元にした主張。

同じ時代の日本の石子順三のキッチュ論、漫画論、丸石信仰論など。

1975年のトムウルフの現代美術批判と、現代建築批判。

こうした問題と、額縁の問題を絡めて、
興味深い議論になりました。

糸崎公朗さんも来て下さって、
充実した話でありました。

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ツイッター小説 『青空の遅延』9〜16(改稿) [ツイッター小説]

ツイッター小説

彦坂尚嘉・北美紀著

http://twitter.com/hikosaka

http://twitter.com/kitaminori

     青空の遅延

  9から16


 9

 23時を過ぎた新宿3丁目丸井のビルの壁面に、プロジェクターが高角度で向けられて映写された。
 コンピューターの上に描かれるドローイングが、壁面に白い線を描き出すと、グラフィティの空間が出現する。
 単純な顔の絵や文字など原始的なものの方が絵になる。
 通りすがりの女性が驚いて立ち止まる。
 
  列の中のシンジ君は、いつにも増してかっこいい。
 私服たまらん。
 シンジ君のところだけ浮かんで光って見えるみたい。
 あれで高校生かよといつも思う。ていうか8コ下かよ。
 そこで落ち込む。
 ああ、体育の岡崎先生がこっち見てる。ダメ、さとられないようにしないと。
 これから4泊五日修学旅行。

 
10

  英里はいつも、ホテルに着いた時点でなにかが終ったと感じてしまう。
 一方で広美はガイドブックを見てはしゃぐ。
 「あとでここ行こうよ」と言って、カクテルとソファと暗い照明の写真を見せる。
 センスがいいジャズが流れるバー。ベタだなあと思いながら、英里は「よさそう」と言って笑った。

 OJIMAUSBを買いに信介は行った。久しぶりに入るNOJIMAは、見慣れない製品があふれていて、頭脳の許容量を超えて、信介は立ち眩みに襲われてしゃがみ込んだ。
 小学校1年生の朝礼では、たびたび立ち眩みで座り込んでいたことを思い出した。
 あの時と同じ亀裂のまぶしい光が見えた。
 

11
 
 
 正子との電話を切って、庄三は疲れを覚えた。
 彼女とのコミュニケーションの難しさだけでなく、他人とのすべての会話に面倒臭さ覚えるという疲れだった。
 しかし、この嫌になる感覚で止めてしまうのではなくて、そこからもう一度他人に向かって語り始めなければならないという事を庄三は知っていた。

「で食べたわけ、愛ちゃんの手作りクッキー」
 「ほう」
 「でもまずかったのよ、これが。しかもレーズン入ってるしね。やめてよ、と」
 「きつー」
 「いやもう、コンビニとかで買ったやつのがなんぼかマシかと。買ってこい、と」
 「ひでー」
 「だろ? 食わせるかって話よ」
 「いや、お前が」。
 え、、、俺?
 
12

 
 川を挟んで東側は小規模な工場が点在する下町、西側は近年開発された住宅地で、川岸に建つ高層マンションに吉田浅子は住んでいた。
 浅子はベランダから、眼下に広がる下町を眺めるのが好きだったが、入居後半年もしないうちにベランダで眺めを楽しむような住人がマンションにはいないことに気づいた。


 昨晩は明け方の4時近くまでブログを書いていた。
 
 目覚ましに起こされたのは7時であった。睡眠不足で苦しい。
 ラブラドール犬が、うめき声の様な鳴き声を上げている。ルーカスの容態は悪化していた。
 餌と水をやって、眠気と戦いながら外に出て、自転車で駅に向かう。奈保子との約束は11時であった。
  
 
13

 六本木にある21というデザイン美術館に奈緒子は初めて行った。 
 暗藤武雄の建築だが、斬新なフリをした凡庸な建物だった。
 浅澤曲人というプロダクトデザイナーの展覧会が開かれていたのだが、これもまた、なにか昔のものを見ているような気がして、東京が気抜けして退屈になっているのを感じた。

 3年ぶりに夫の故郷に帰省した。
 夫も3年ぶりだ。
 その夫が、ここに来てから何度か駅の方をぼんやりと見ているのにわたしは気づいていた。
 「東京が恋しい?」そう問うと、夫は微笑んだ。
 「いや、あそこの煙突がなくなっているから、奇妙だなとね」。
 夫はやはりこの街を愛しているとわたしは知った。

 
14
 
 日が昇ってから8時間、彼は街を歩き続けていた。
 歩きたかったからではなくて、止まれなかったのだった。
 止まるということは、彼がそれまで蓄積させた黒煙に彼自身が覆われてしまうということだった。
 その黒煙とは、彼には所持金がもう300円ちょっとしかないということだった。

 
 「文章、まずいね!」
 「どうする?」
 「落とそうか?」。
 山口光子は、顔をしかめた。
 友美の手を握って来る。
 イライラして湿っている皮膚がザラっとぬめって友美にまとわりつく気味の悪さに、思わず光子をにらむ。
 「落とせないわよ」
 そう言って、友美は、もう一度千葉達雄の原稿を読み始めた。
  

15

 越智田誠が、MUSEのチケットを、一般発売前の先行抽選販売で2枚確保したとメールして来てくれた。
 ならば2人で行くことになる。
 MUSEはボーカルとベースの2人組だから、ちょうど良いのかもしれない。過剰なロマンティズムの音楽を男2人で聞くのも、運命なのかもしれないと一雄は思った。

 坂田さんがまたプリプリしはじめた。このままの調子なら、今日上がる前にイヤミの一つでも言われそう。
 わたしは最近、そのことに対抗するのがばからしくなっていた。 
 坂田さんは分かってない。
 わたしは仕事をなめてるんじゃなくて、この商品が好きじゃないんです。困ってるのはわたし自身なのに。
 
 
 16
 
 わたしたちは魔女と言われた。
 魔女だからここで働けと、薄暗い地下室に押し込められ、来る日も来る日も洗濯物のアイロンをかけている。
 可哀想なアンはずっと泣いている。
 でもわたしはここが嫌いではない。
 みな美人で優しくて、あのイヤらしい酔っぱらいの父親がいる家よりずっとマシだ。
 
 
 新宿三丁目のアートカフェは、最後の日ということもあって、盛況だった。
 窓から見える樹木は、暗い闇にそそり立っていた。
 田口光男は、深夜バスに乗るために、一足先に、カフェを後にした。
 また時代はひとつ歯車を回したのだ。
 倉敷でまっている直美は、新しい時代を自分に与えてくれるだろう。
 

 

 

 

 


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ツイッター小説 『青空の遅延』1〜8 [ツイッター小説]

ツイッター小説

彦坂尚嘉・北美紀著

http://twitter.com/hikosaka

http://twitter.com/kitaminori

 『青空の遅延』 

  1〜8

 

1

 

 善意の無い意地悪そうな中年の女性は、自分の生まれた岡山の街の退屈さを話した。

 私に敬語を省いた様な、命令口調を使うか、赤ん坊をあやすような口をきく。

 私は、黙って聞いて、時折、眼を車窓にそらした。

 列車が岡山に着くと、彼女は「つまらない話を聞かせてごめんなさいね」と言って、下りて行った。

 

 「ちょっといい?」。

 ユミからの電話だ。

 この声色からすると、たぶん話は長くなる。

 明日朝早いのに、とわたしは憂鬱になった。

 「この前一緒に旅行したリツコっていたでしょ。あの子が、言ってたんだけど」。

 そこから漏れたか。

 わたしはユミの男を奪ったのだ。

 そして2時間後5年来の友人を失った。

 

2

 

 「美術館から飛んで来たものとなります」と警官は言った。

 緑色の銅板で、それが世田谷美術館の屋根の一部らしいと分かっても、富美子には、どうしてそうなったのか見当もつかなかった。   

 小さな竜巻が屋根をもぎ取ったのか?

 それが環状八号線を走っていた夫の車を直撃して、死に至らしめたのである。

 

 春の暖かい頃なら?

 秋の爽やかな頃なら? 

 季節を選べば、隆の足は外へ踏み出せるのか。

 冴子は笑う。

 つまり8年前の自分を見るようだ、と。

 隆はその笑顔を見るとついカッとなってしまう。

 徹底的に遅れていることを自覚し、拳を握る。

 そしてまた固まる。

 隆が引きこもり続けて3年だ。

 

3

 

 真夜中の出航を待つ青森湾のフェリーターミナルの埠頭には、パチンコ大の雹(ひょう)が、コンクリートの岸壁を砕く勢いで降りそそいでいた。

 晋輔は窓ガラス越しに、 黒い海を背景にした小さな粒子の響宴を見ていた。

 心の中にまで雹が飛び込んで来て、晋輔の不幸を打ち砕いてくれているようだった。

 

 なぜわたしはこんなところに一人でいるんだろう、と思う。

 けれど晴れた日の公園にはある種の包容力があるのかもしれない。  

 あの人間関係の中にはそれがない。

 わたしは自分で思っているよりも疲れていたのか。

 再び地下鉄に乗って街に戻ると、わたしは大好きな肉まんを買って明日にそなえた。

 

4

 

 鬼ヶ山の山麓には、絶え間なく白煙を吹き上げている谷がある。  

 硫黄の強い臭いが風に乗って流れ、水蒸気は時折高く吹き上がる。 

 巨大な温泉の噴出口があって、鬼ヶ山温泉の九軒の宿の風呂を満たしていた。

 田嶋精一郎は、肌にぬるぬるする湯の熱さに耐えながら、何かを集中して考えようとしていた。

 

 僕は待ち合わせ場所で驚いた。

 彼女の服はあんまりだった。あいつらにバカにされる、と思って、彼女を無視して祭りの中に入っていった。

 彼女は傷ついた顔をして立ち去った。

 帰り、門のホテルの近くの欅の下に、彼女が立っていて呼ばれた。

 服はひどいけど、この声はかわいくて、謝ってしまった。

 

5

 

 会社の呈をなさなくなって、すでに3ヶ月はたっていた。

 滝田広美は、真っ赤になって怒った。

 「はっきりしていないからこそ、たくらみであって、はっきりしていれば、それは企画というのよ!

 企画会議なのだから、組織を組み変えるというのなら、それはそれでいいのよ。役員会議に提出しましょうよ」。

 

 その男の車に乗った理由は「なんとなく」だ。

 綾が毛嫌いする街を出て3時間、男の車は東京に向かっていた。 綾はいつもこういうとき、なにを話していいのか分からない。

 本当は「あたしちょっとおかしいんだ」と誰かに言ってみたい。  

 綾はシートの上で身じろぎし、「超肩凝ったし」とつぶやいた。

 

6

 

 和子はタオルで手を拭きながら振り返った。

 「お父さん留守で、良くわからないです」。

 お父さんがいないから・・・、お父さんに聞いて見ます・・・そういう返事ばかりを母親が出て行ってから和子はしていた。

 プロパンガスの集金人は請求書を置いて、ボンベを積んだ車が去って行くと静寂が和子を包んだ。

 

 妻が泣いている。怒る気力もなくしたか。

 同じ映画を繰り返し3回も見ていているのだ、あたりまえだ。

 しかもここは南国のリゾートホテルだ。

 自分でもなぜこれを再生してしまうのか分からない。もうすぐ終るからまた再生させてしまうだろう。

 そして妻はわたしを恐れるようになるだろう。

 

7 


 500円送ります。湘南台なので,そちらに取りに行って良いのですが、お留守の時に行っても無駄なので、郵送をして下さった方が樂かもしれません。

 三木正雄は、そんなメールを香苗に出してから、犬の散歩に出た。 

 今日は昨日の嵐が嘘のように良い天気だった。

 昨日は10月の後半なのに台風が来たのだ。

 

 近くにファミレスがあることは知っていても、舞はそこに入ろうとは思えなかった。

 だから2時間も、駅ビルの待合室で深夜バスの出発時刻を待っている。前の列の右端の椅子に、ホームレスらしき男がいる。

 ずっとそこにいるのはこの二人だけだった。舞の隣にもう直樹はいない。涙も出なかった。

 

8

 

 久しぶりに江ノ島まで自動車を走らせた。江ノ島の水族館に行くつもりだったが、慣れないせいか駐車場の入り口を通り過ぎてしまって、134号線をそのまま走る。

 昔の記憶はもはや無くて、初めて走る道のように見える。

 両側の松林は、良三を拒絶するかのように長く連なって、空も冷たく青かった。

 

 「わ〜すごい色」。

 姪の美穂が本棚の端に置いた木枠の中の写真に見入る。「本当にこんな色なの?」そんなもんじゃないわよ、とわたしは答えたけれど、頭の中であの海の色を正確に再現できないのだ。

 音。波の音なら、少し。それでも遠くなった。

 わたしは美穂の肩越しから写真立てに手を伸ばした。

 



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キッチュとアートをめぐって [告知]

ギャラリートーク

「キッチュとアートをめぐって」


29日18:00より(約1時間)


五十嵐太郎 

彦坂尚嘉 

白濱雅也 ほか

会場 深川ラボ 

定員12名 定員に限りがあります。(予約の方を優先いたしま
す)

ご予約 fukagawalabo@gmail.comまでメールで

参加費¥300 





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故・山田幸司氏の遺作 [建築]

41歳で亡くなられた山田幸司さんの遺作は、
段ボールで作った茶室です。
この画像を手に入れたので掲載します。


DSCN1289.JPG

DSCN1991.jpg

段ボール茶室国宝如庵写し¥如庵・プレス資料992.pdf.jpg

この段ボール茶室は、国宝の如庵という茶室の写しです。

 

茶室というと、千利休の草庵茶室を思い浮かべますが、

この如庵は、利休とは一線を画していて、

端正で、「武家の節度」を感じさせるもので、

各地に写しの茶席が残っているそうです。

 

如庵(じょあん)は1618年に、

織田信長の実弟織田有楽斎によっ、京都に建造されました。

 

 

如庵は、現在は移築されて、愛知県犬山市の有楽苑にあるそうです。

 

 

段ボール茶室国宝如庵写し¥如庵・プレス資料992.pdf.jpg

 


段ボール茶室国宝如庵写し¥如庵・プレス資料994.pdf.jpg

段ボール茶室国宝如庵写し¥如庵・プレス資料991.pdf.jpg

段ボール茶室国宝如庵写し¥如庵・プレス資料993.pdf.jpg

現在、この段ボール茶室を含めて、
山田幸司遺作展と、遺作集の準備が有志によって進められています。










タグ:山田幸司
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デザイン/《非芸術》について [アート論]

1975年にアメリカがベトナム戦争に敗れると、
二つあった《近代》の内の、ひとつの《近代》が終わるのですが、
《近代》が終わると、大きな構造変化が起きます。

美術で言うと、美術というのは、
実は、古い言い方で恐縮ですが、
上部構造と下部構造の2重性で成立していたのですが、
その2重構造が反転するのです。

上部構造というのは、《芸術》と《反芸術》で、
下部構造というのは、《非芸術》と《無芸術》です。

この場合、《芸術》以外の、3つは、
説明が、比較的楽なのです。

《非芸術》というのは、デザインです。
デザインとは何であるのか?
という問いをたてると、
それは「神が世界をデザインした」という意味のデザインです。
今日の言葉で言えば、アーキテクチャーが、デザインです。
つまり構造とか、環境が作られて、
その中を人間が歩き回ると言う意味でのデザインです。
つまり「神が世界をデザインした」という意味で、
世界を作るという事が、デザインです。
その意味で、美術作品がデザインであると言う意味は、
美術作品が作られているという事です。
美術作品が美術作品として作られた限りでは、
実は《芸術》は成立していなくて、
《非芸術》であるという意味です。

団体展の美術作品から、現代美術、そして現代アートの
多くの作品が、デザインでしかないのは、
美術作品が作られると言う段階で止まっているからです。

そういう意味で、モダンアートというのは、
実は美術作品を作ると言う意味での《非芸術》を否定して、
この美術作品としての《非芸術》性を排除することで、
《芸術》を成立させて来たのです。
それが【純粋芸術】というものです。

昨日は美術系ラカンの読書会で、ポロックを取り上げたので、
ポロックで話しますと、1940年代後半のドリッピングの最盛期
作品は、《非芸術》を持っていません。
つまり美術作品としての基本性格であるデザイン性を削除することで、
ポロックのドリッピングは成立しているのです。

さらにポロックのドリッピングは、
《無芸術》性すらをも持っていません。
《無芸術》というのは、美術における官能性/装飾性ですが、
こうしたものをポロックのドリッピング絵画は、
持っていないのです。


繰り返しますと、モダンアートにおける【純粋芸術】というのは、
こうした《非芸術》や《無芸術》を削除することで、
成立していたのです。

それは人間を動物として見ないという事と、平行しているものです。
お産で言えば、無痛分娩がアメリカでは99%と言えるほどに
ひろがり、お母さんの乳房からの授乳は否定されて、
粉ミルクによる人工栄養で育てられるという事態が全面化したのと、
ポロックのドリッピング絵画の《芸術》性というのは、
実は構造としては、重なっていたのです。

つまりそれは、生物としての自然の基盤を否定して、
削除できるという妄執が生み出した、人間主義=ヒューマニズムと、
【純粋主義】と信念が、到達した人工性の高みだったのです。

アメリカがベトナムで破れると、
こうした《近代》の妄執は終わって、
もう一度、自然分娩と母乳による授乳に戻って行くラマーズの運動が
始まったように、
美術は、その下部構造の《非芸術》《無芸術》性を回復するのです。

その《非芸術》《無芸術》の回復性に、盲目的に可能性を見る
美術が氾濫し、そして枯れて行くと言う事態に成ったのです。



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東北大学 [日記]

昨日は仙台に行って、
朝10時から五十嵐太郎さんの研究室の学生の講評会に出席して、
午後は、建築の3年生の合同講評会に出ました。

五十嵐さんの講評会については、
別の機会に画像をつけて報告を書きます。

午後の合同講評会も面白くて、
たいへんに勉強になりました。

今回が2回目ということもあって、
建築というもののなそうとするものが、
かなり理解が出来るようになってきたと、
実感しました。

そのひとつはデザインをするということの意味の問題なのですが、
それについては、またブログを改めて書かなければなりません。

名古屋、京都、仙台と続けて移動して、さすがに疲れています。
丸亀の本島にも行かなければならないのですが、
犬の介護があって、遅れています。
名古屋/京都への旅行は1泊でしたので、
その日は、人を頼んで犬の世話をしてもらいましたが、
なかなか、犬の介護もたいへんです。

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越田博文さんの作品で考えた事 [アート論]

  • sakura.jpg
  •   風景のむこうがわ/越田博文
    2009.11.24(火)-29(日)

  •  2009/11/24(tue)~11/29(sun)
  •    galerie16   web: www.art16.net
  • 京都市東山区三条通白川橋上ル石泉院町394 戸川ビル3F
  • 3F Togawa Bldg, Sekisen in cho,Sanjoi Shirakawabashi-Agaru, Higashiyama-ku, Kyoto, Japan  zip 605-0021
  • TEL:075-751-9238   FAX:075-752-0798
  • 午後12:00~午後7:00(29日 午後6:00迄)
  • 名古屋で故・山田幸司さんのお通夜に出席した後、
    京都によって、越田博文さんの作品を拝見しました。
    搬入段階で見せていただいたので、
    下に掲載する作品は、ネットからとってきたものです。

    071113koshida-xc.jpg

    《想像界》の眼で《超次元〜41次元》の《真性の芸術》
    《象徴界》の眼で《超次元〜41次元》の《真性の芸術》
    《現実界》の眼で《超次元〜41次元》の《真性の芸術》

    《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ重層的な表現
       ただしサントームが無い。
    気体/液体/固体の3様態をもつ多層的な表現
       ただし絶対零度が無い。

    《気晴らしアート》
    《ローアート》

    シニフィアンとシニフィエの同時表示の美術
    純粋美術とキッチュ美術の同時表示

    《芸術》と《反芸術》の作品。
    ただし《無芸術》と《非芸術》がない。

    ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

    写真をコンピューターで加工したものを描いている絵画です。
    試みとしては、情報化社会の絵画として充分にあり得るものです。

    《気晴らしアート》で《ローアート》であるところが、
    一番気にはなりますが、
    『アートの格付け』としては、《超次元》から《第41次元》まで
    あるので、頑張っている方ではあります。

    興味深かったのは、
    《芸術》と《反芸術》性はあるのですが、
    《無芸術》と《非芸術》性が無い事です。

    その意味で、古いモダンアートの系譜に属しておられます。

    《無芸術》性を分かりやすく言えば、装飾や色彩の肯定であり、
    性的な官能表現の肯定の志向です。
    この《無芸術》が、一見したところありそうで、実は欠けています。

    《非芸術》性というのは、デザイン性ですが、
    これも
    越田さんの作品ではありそうで、それが欠けています。

    ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

    作家としては1986年から活動なさっていて、
    この時代は森村泰昌さんや、宮島達男さん、そして中原浩大氏が、
    台頭した時代です。
    この時代の3人に共通しているのは、
    《無芸術》《非芸術》の両方をもっている作品なのですが、
    《芸術》と《反芸術》性は、欠いているのです。

    つまり、1975年以降になると、
    それまでのモダンアートから現代美術にあった《芸術》《反芸術》が
    消えてしまって、
    《無芸術》《非芸術》の時代になるのです。

    この変化に対して、
    越田さんは乗り切れなくて、古い《芸術》《反芸術》の構造に
    固執したのです。
    にもかかわらずデザイン性や装飾性はあって、
    つまりデザイン性を素材にしながら、このデザイン性を否定し、
    装飾性を材料にして作品を作りながら、これを否定的にあつかう
    ことで、《芸術》《反芸術》性を確立しているように、
    見せた作品を展開なさって来たように、
    私には見えます。

    ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

    越田さんが活動を開始した1986年からという時代は、
    バブル始まった時代でありました。

    美術での大きな変化はジェフクーンズの登場です。

    ジェフクーンズは、モダンアートの否定したキッチュを、
    積極的に肯定的に扱う事で、キッチュと純粋芸術を
    同時表示したのです。
    それだけでなくて《無芸術》《非芸術》と《芸術》《反芸術》の
    4つを、同時表示する作品を展開しました。

    このジェフクーンズを模倣し、後追いする形で、村上隆と
    ダミアン・ハーストが登場します。

    情報化社会の芸術のひとつの型は、
    この《無芸術》《非芸術》《芸術》《反芸術》の4つを
    同時表示して行く事だと、私は思います。

    今回の越田さんの作品を拝見すると、
    《無芸術》《非芸術》を欠いた状態というものが、
    いかなるものなのかを、実見したと言う感慨があります。

    つまり、通俗的に言えば、今日の現代アートは、
    実は《非芸術》としてのデザインワークを十全に達成する必要が
    あります。
    そして《無芸術》としての官能表現の徹底的な追求が
    必要なのです。
    このことを、改めて強く認識させていただきました。
    この二つを成立させた上で、古い《芸術》《反芸術》までをも
    成立させて見せる力技が必要なのではないでしょうか。





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    せっかく [日記]

    せっかく重い思いをして、

    コンピュターを持ってきて、

    アップしたのですが、

    2回ともうまくいきませんでした。

    残念!


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