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20万円の入札ありました/斉藤ちさと展終了報告 [気体分子ギャラリー]

斎藤ちさと作品に20万円の入札がありました。

saito chisato .jpg

斎藤ちさと 気泡とクローバーの絵

入札価格200、000円

それと,小品の入札が、2点ありました。

saito-chisato12.jpg
気泡と白いダリア
イメージサイズ:120×176mm

入札価格5、000円



saito-chisato11.jpg

気泡と緑色の実と葉っぱ(1)

イメージサイズ:120×176mm

入札価格7、000円

最後の作品は、最初に別の方の入札が5、000円であったのですが、
最終日間際に7、000円の入札があって、競り落とす事になりました。
最終日の最後ということもあって、メールのやり取りだけで、
競る形になってしまって、
申し訳なく思います。

ヤフー・オークションのような競りのシステムが取れていないので、
ご不満もあると思いますが、そうした面の配慮を、
もう少し細かく、するように対策を少しでも考えたいと思います。

結果報告です。
売れた作品は9点です。
内訳は、大作3点、小品6点です。

気泡と月島のビル群                  180、000

気泡とクローバーの絵                          200、000

気泡と自由の女神                          180、000

気泡と緑色の実と葉っぱ(1)                     7、000

気泡と白いダリア                                         5、000

気泡と緑色の実と葉っぱ(2)          5、000

気泡とレインボーブリッジに立つ自由の女神 5、000

気泡とクローバーのアクリル画                      5、000

気泡とクローバーの油彩画                            7、000

売り上げ総額、                                                  ¥ 59、4000ー


小額ではありますが、おかげさまで、無事に斉藤ちさと展を
終える事ができました。
感謝です。
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今回は、実は、斉藤ちさとさんの頑張りに付き合って、
作品のレベル・アップのプロセスが、アートディレクションの
仕事の重点がありました。
その作家と向き合って、作品を外部の眼でどのように見えるのか
を、丁寧にフィードバックして行く作業でした。

前回の伊東直昭‎さんの場合には、額や紙の選択からはじまって、
フォーマリズムの視点からフィードバックする作業でしたが、
斉藤ちさとさんの場合には、
フォーマリズムというよりは、『皮膜論』とも言うべき、
模索に付き合ったということでした。
背景には超ひも理論への興味の共有がありました。

私見を申し上げれば、私の知っているギャラリストというのは、
作家自身と向き合って、作家研究をして行く姿勢に欠けていました。
作家研究をしないギャラリストというものに、
本質的な疑問を感じて来たのです。
その作家の美術史的な位置づけをきちんと考えて、
作家の展開を、外部から見て行く眼差しになるという態度が
無いのです。

気体分子ギャラリーが試みようとするのは、
その様な、丁寧な作家との向き合いによる創造性の追求と、
観客とのコミュニケーションの可能性です。
理論的背景にあるのは中原佑介の論文『創造のための批評』です。
もっともこういう背景論文を上げると、数多く出てくるのですが、
煩雑になるのでここでは止めます。

ただこうしたプロデュースやマネージメントというのは、
音楽産業の中では、すでにやられている事です。
代表的なのは、音楽家であるクインシー・ジョーンズが
プロデュースして歴史上最大のヒット曲である、
マイケルジャクソンの「スリラー」というアルバムです。

他にもビル・ラズウェルとか、ブチー・コリンズとか、
いくらでも音楽家が、ミュージッシャンのプロデュースをしている例を
上げることが出来ます。

さて、そう言う事もあったし、越後妻有トリエンアーレに私が
2つも出品していたこともあって、実際の展示期間は、
実は充分にやりたい事を実現できませんでした。
一つは、斉藤ちさととさんと木村静さんの対談をビデオで実現して、
それを【YouTube画像】でアップする事です。
会期が終わってしまいましたが、
それでも実現したく思います。

私のそういう不十分さをカバーして、成果を上げて下さったのが、
M7の矢野まきさんで、展示や接客にご尽力いただいただけでなくで、
産經新聞と『芸術新潮』での展評をとってくださいました。
矢野まきさんとの連携無しには、この展覧会はなし得ませんでした。
感謝であります。

前回の伊東直昭‎展では、白濱雅也さんの協力があり、
ホームページ作成では、彦坂敏昭さんの協力で実現しました。

今回は上岡誠二さん、金田圭史さん、栃原比比奈さん、中川晋介さん
のご協力で、無理なスケジュールでホームページを立ち上げて
いただきました。

何しろ気体分子ギャラリーは、ウエーブギャラリーですので、
ホームページが拠点なのですが、この構築が創造以上のことだと
理解できました。
まだまだ構築には時間がかかるので、
組織形態も含めて刷新を続ける必要があります。

多くの方々のご協力で、作家たちの運営する
アーティスト・ギャラリーとして、自由度と自発性の高い、
運営としてもオープン性を高く持った透明度の高い仕組みを
作れればと思っています。

基本にあるのは印象派が、株式会社であったことです。
第1回印象派展を開催した組織は、
「Societe anonyme des Artistes(ソシエテ・アノニム・デ・ザルティスト)」
というもので、日本語に翻訳すると株式会社というものなのです。
この活動の中心にいたのがピサロです。
ピサロの活動抜きには、セザンヌは生まれなかったのです。

現代に日本で言えば村上隆のカイカイキキもまた、
そうした会社組織と言えます。

こうした事の源流をたどると狩野派のような画派の歴史にぶつかります。
村上隆も狩野派は意識していて、カイカイキキというのは、
狩野永徳の作品に対する批評である怪々奇々 」からきています。

私自身がお手本にするのは2代目の狩野元信です。
私の世代は、狩野派はくだらなく、ひどい絵であると、習って
育って来たのですが、勉強して行くと、
狩野派は中国美術をも超えたすぐれた美術家集団であることが
分かって来ます。
特に狩野元信のもつ総合性への意思は、極めてすぐれたものです。

このブログでも繰り返し書いて来ているように、
私自身は初期から《近代》個人主義を乗り越える所に、
新しい芸術の可能性を見て来たアーティストです。
《BIKYOTO》=美術家共闘会議というのは、1969に結成されますが、
この中に、松本 竣介の『全日本美術家に告ぐ』という檄文の位相を
持ち込んだことから、さらに歴史的視点を注ぎ込んで行ったのは
彦坂尚嘉でした。
彦坂尚嘉は歴史家なのであって、制作の基本を。
こうした人間の集団性に基礎を見いだして行く考え方であって、
《自己愛》性人格障害者のようなアウトサイダー・アートの中には、
芸術は存在しないと考えます。

ヘンリー・ダーガーのようなアウトサイダーアーティストは
面白くて人を引きつけはします。


しかし、ヘンリー・ダーガーの作品を、
印刷物や映画ではなくて、実物の作品をたくさん見てみると、
そこには芸術はありません。
疑う人は、実物の作品を見てみて下さい。
この基本をきちんとすれば答えは出ます。
あるのは妄想と混乱です。
ヘンリー・ダーガーの絵には芸術はありません。


「生(なま)の芸術」を提唱したのはジャン・デュビュッフェですが、本物の「生(なま)の芸術」、つまり精神病者の絵や、子供の絵には、芸術はありません。
《真性の芸術》というのは、こうした「生(なま)の芸術」に良く似てはいるのですが、似て非なる作品に存在するのです。

気体分子ギャラリーの取り上げる作家の中心は、1990年代以降のアーティストたちです。そこには《近代》の芸術が終焉した後の、芸術以後の芸術とも言える作品と言えます。が、しかし《近代》の大文字の芸術を超える、《真性の芸術》が存在しているのです。この《真性の芸術》の探究が気体分子ギャラリーの使命ですが、より絞り込んだ《第41次元 崇高領域》と《超次元 名品領域》の架橋をめざした表現が探索されて行きます。

従来の《近代》個人主義のアーティストでは、
もはや作品展開はできません。
新しい小さなアーティスト集団の活動こそが、
アーティストが学習し、自分自身を啓発して成長していける場なのです。


運営に参加して下さる方を求めています。
先日、せっかく連絡してくださった方も、
メールアドレスが違っていて、うまく連絡が取れませんでした。
メールは下記にお願いします。
hiko@ja2.so-net.ne.jp

次回の作家候補は、何人かいて、制作をしているのですが、
予告は近日中にしたいと思います。





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