SSブログ

本島とサントームとしてのアーキテクチャー(写真追加,加筆1、改題) [状況と歴史]

kuusatsu.jpg

丸亀市の中になのですが、
本島という島があるそうです。

kasashima8.9.jpg

ギャラリーARTEさんが、関わっている島です。
左がARTEの梅谷幾代さん。


kasashima8.2.jpg

DSC00016_small_small_small_small.JPG
こういう地域に現代アートが、どう関われるかというのは、
昨年の丸亀の金比羅様近くの虎丸旅館の経験からは、
考えられないわけではありませんが、
現代美術の常識では、むずかしいものではあります。

1-5の筋_small_small_small_small.JPG
5真木邸裏_small_small_small_small.JPG

本島は写真を見て、美しいので驚きました。

kasashima8.7.jpg

kasashima8.6.jpg


SH530039_small_small_small.JPG


SH530027_small_small_small_small.JPG

kasashima8.4.jpg

小栗邸1入り口_small_small_small_small.JPG

小栗邸2_small_small_small_small.JPG

honjima01.jpg



kasashima13.jpg

kasashima8.11.jpg

保存センター内部2階物置_small_small_small_small.JPG

保存センター内部2階物置窓_small_small_small_small.JPG
保存センター内部ザシキ_small_small_small_small.JPG

保存センター内部カマバ_small_small_small_small.JPG


保存センター蔵_small.JPG

kasashima8.10.jpg

kasashima8.8.jpg

kasashima12.jpg

honjima02.jpg


越後妻有トリエンナーレ《大地の芸術祭》というのは、
同じ衰弱化した地方と言っても、
過剰にまで発達した道路とトンネル建設による地域の変貌と言う、
近代化による改造の極限の地域に、現代美術を移植することだったからです。

本島は、そういう近代による自然改造を大幅に受けているようには
見えなくて、
むしろ前近代のシーニュ(記号、言語)の統合性が、
そのままに残っているように見えます。

そうすると、この現代における本質的な人間疎外の多重性を理解できないでしょう。それは現代美術や現代アートの理解そのものが無理であることを示しています。

つまり近代化されていないわけで、
普通に言えば、このまま保存をしっかりとして行く事が重要に思えます。
このブログで少し触れたアーミッシュの地域とすら見なしえる地域なのです。
フィラデルフィアにあるアーミッシュの村に、現代美術や現代アートを入れる事を想像してみれば良いのですが、無理であると、私は思います。何よりも彼らの信仰の世界と、相容れないからです。

越後妻有トリエンナーレの場合には、
すでに他の記事で指摘したように、
アメリカの1995年以降の2つのバブルを背景にした時代の産物です。
インターネット・バブルと、サブプライムローン・バブルです。
ですから越後妻有に3つの巨大建築を建てているのが大地の芸術祭なのです。
北川フラムが、美術館の学芸員からはアートゼネンコンと揶揄されているのは、根拠の無い事ではなくて、実際に、日本的箱もの行政型の巨大投資を実現しつつ行われてものであったからです。
ENTRY_789_438d8c8c30bbb.jpg
07_11_img_01_small.jpg
手塚貴晴設計のキョロロです。



nobutai.jpg

7cb69f79_small.jpg


設計者はMVRDVの農舞台です。

MVRDV (エムブイアールディーブイ) はオランダのロッテルダムを拠点とする建築家集団で、1991年に設立されものです。名前の由来は事務所設立時のメンバーの三人の頭文字からとったものであるのです。

  • ヴィニー・マース(Winy Maas、1959年 - )
  • ヤコブ・ファン・ライス(Jacob van Rijs、1964年 - )
  • ナタリー・デ・フリイス(Nathalie dVries、1965年 - )

ヴィニー・マースとヤコブ・ファン・ライスはレム・コールハースの主宰する建築設計事務所OMA(Office for Metropolitan Architecture)の出身です。


 

15010624_1673_1_small.jpg
10321542.JPG_small.jpeg
3つめが原 広司設計のキナーレです。
越後妻有トリエンナーレの総合ディレクターである北川フラム氏と、
建築家・原広司氏は姻戚関係があります。
北川フラム氏の人脈の大きさと厚さが、この越後妻有トリエンナーレを
巨大なものにしているわけですが、
同時にその次元は、こうした巨大建築を建設すると言う、
《近代》特有の開発主義の性格を持っているのです。

重要な事は、これらを写真ではなくて、自分の肉眼で見て、
その建築の善し悪しを判断し、現実の活動の豊かさと貧しさを、
現地調査することです。
そしてこれらの建築がどのように歴史的に評価されるべきか、
考えてみる事です。

北川フラム氏の豪腕のアートキュレーションの根底に有ると私に見える感覚は、アースワークの時代である1960年代末期の感覚です。
その意味でモダンアートから現代美術と展開して来たモダニズムの最後の地点であり、同時に脱《近代》の情報文明の入り口の感覚です。

しかしそれはすぐれてジャーナリスティックではありますが、決してポストモダンではないし、情報文明の現代アートというものではないと、私は思います。つまり、もはや古典性すら感じさせるものです。越後妻有アートの多くがオールオーバーの構造に依拠しているものが話題作に多いのも気になります。

ともあれ、日本の現代美術の枠組みを大きく超えた北川フラム氏の功績は高く評価するものですが、そろそろ古さを感じさせるものになったほどに完成して来ているのです。何よりも過剰性は飽和してきて、さらには、時代は次のステージを開けて来ているのです。問題は来年の1910年代の始まりです。現在の財政出動のカンフル剤効果が切れた時に、どうなるのか? 中国ですらが、今の状態をそのまま展開できるのか? 私の目には中国共産党帝国は、明らかに無理をしているのであって、いつか破綻するように見えます。

現在の金融危機の中で、古いギャラリーや美術関係者はとうたされて行っていますが、しかし同時にこのインターネット・バブルとサブプライムローンバブルに乗って来ていた新しい美術勢力が、なにしろ巨大化しすぎているので、これを維持して乗り切れるのか? その答えが出るのは2016年頃と予想されますが、その前に、予兆は2010年に出るのではないのか? 狼少年をやるきはありませんが、とにかく2010年には何かが起きます。


2010年代という私には暗い未来においては、日本全体が衰弱し沈没していくだろうと予想されているので、この越後妻有トリエンナーレの様な巨大開発型のアートによる地域活性化は不可能ではないだろうかと、思います。大地の芸術祭の今年の集客は頂点を迎えるでしょうが、その後の2010年代は、集客は落ちて行くのではないかと予想されます。集客数の減少が繰り返されると、維持できなくなる可能性があります。今から、対策を考えて、大地の芸術祭の恒久化を計るための象徴界の設計をしておく必要があるのです。

現在のアメリカや日本の政治展開では、結局、財政破綻が未来に起きて、世界の経済秩序は大きく変貌して、新しい暗黒の中世時代が来るという予想すらを持たざるを得ません。

こういう暗黒の見通しの中で、
では2010年代のアートの活動ないかにして可能なのかを考える必要があるのです。

ギャラリーARTEの梅谷幾代さんというギャラリストは、
たいへんにすぐれた企画力を持っている方ですが、
私見を申し上げれば、現在起きている2つのベクトルを、切り分けていないように、私には見えるのです。歴史を動かすエネルギーは、いつの時代にも進化があれば、退化があるのであって、この進化の方向性と、退化の方向性は、常に、ずれながらも同時に作動して来ます。この正反対の動きを、巧く理解して操作しないとまずいのです。そして常に退化のベクトルは行き止まり性を持っています。このことに対する見切りが無いと、正しそうに見える意見になってしまいます。重要なのは、この2つのベクトルを見切って、区別する事です。
区別しなければ、正しさの中で、停滞し、停止するのです。歴史は常に脱領土化してくのであり、盲目性の中で、進化しつづけるのです。このマルチチュード(=ウゾウムゾウ)の猥雑な動きを見失わない事が重要なのです。正しいそうに見える意見は、虚偽であり、自己欺瞞であり、停滞と停止にすぎないのです。

本島そのものの魅力は写真からみても十分すばらしいものですが、
これは歴史的名所であって、基本は保存に重点を置いた形で、
つまりヨーロッパ型の町づくりとその活性化が基本でしょう。

そこに関わるアートは、あくまでも控えめなものであって、
限界があるのではないでしょうか。
つまり求心化に向うと限界がすぐくるのであって、
逆に遠心化を目指さないと、活性化は作動しないでしょう。

2010年代の経済政治状況の中で、
いかなる遠心化を目指しえるのか?

情報化社会の中での、情報そのものの性格と、
グローバリゼーションとローカリゼーションのせめぎ合いを見ながら、
この遠心化を勝ち取る方向で、アートは機能しうると、
私は思います。

その中心にあるのは、やはりアーキテクチャーであると思います。
人類の文明開発は、常にアーキテクチャーにおいてなされたのです。
しかし敗戦後の日本は、箱ものを建築する事をアーキテクチャーと、退化的に誤解して、日本列島を改造したのです。その結果が現在の日本の衰弱化を招いたのです。

横浜トリエンナーレや、NICAFでのていたらくを見ればわかるように、敗戦後に日本人は象徴界を設計するとが《近代》アーキテクチャーであることを見失ったのです。

本島でのアートによる活性というのは、《象徴界》の設計が何よりも重視されるべきだと思いますが、それ以上にくう様なのは、《サントーム》における設計です。

本島において《サントーム》としてのアーキテクチャーを構想しえるのか? 
おそらく現在の行政の役人も、そして本島の住民も全員が、現在の情報文明の構造や質を理解できないでしょう。情報文明化という新しいリテラシーの暴力を理解できない。だからこそ地域は衰退するのです。そして暗黒の新中世に向ってずり落ちて行く。深川にも、少し関わって来ていますが、深川を活性化する事は、8割りは不可能な事です。残り2割りでいかにして反転の道筋を指し示すのか?

重要なことは、8割りの人々は退化の運動しか取れないでしょう。この人々は退場するしか無いのです。この適者生存の残酷な現実を直視することです。この残酷さを直視することにおいてこそ、この退化を反転させる必要と、可能性が出現するのです。アートマネージメントに要求されているのは、この残酷さからの反転の地点と道筋を示しえるのか?という問いなのです。

彦坂尚嘉流に思考すれば、この《サントーム》としてのアーキテクチャーの建設こそが、越後妻有トリエンナーレ/直島型のゼネコン型アートを乗り越える地点であると思います。そしてこの情報文明におけるアーキテクチャーの壁に、新しいアートがかかるのです。そのすべてではないですが、かなりの多くは、フリーアートになるかもしれません。


 

 


 






nice!(3)  コメント(4)  トラックバック(0) 
共通テーマ:アート

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。