SSブログ

1985年革命? [告知]

Artstudies15.jpg

1985年〜1994年の美術

 

 一九八六年からバブル経済が始まるのですが、美術でも根本的な変動が起きます。空間そのものが拡張されて行く感覚があって、それは例えば国立近代美術館で一九九五年に開催された辰野登恵子の回顧展が一九八六年〜一九九五年であったのですが。この気切りがこの時代の空間の拡張を良く示していました。それは同時に森村泰昌や宮島達男の登場の時代で、それに続いて一九八九年に村上隆の最初の個展が開催されます。そしてこの一九八九年にはベルリンの壁画壊れ、一九九一年にはソビエトが崩壊するのです。

 この一九九一年のソヴィエト崩壊をもって、実は近代が完全に終わって、情報化社会という、脱近代の時代が始まります。実際にこの一九九一年にW...というシステムが登場する事でインターネットが誰でも使えるようになって、世界は、ソヴィエトの崩壊とこのインターネットによって急速にグローバル化して行くのです。この一九九一年の大変動の年に向けての準備段階が一九八六年のバブル経済の始まりであって、ここに登場したのは、現代アートという別の美術でありました。それは実は近代という産業化社会の物質文明性を完全に脱した情報化時代の情報文明の芸術だったのです。

 ですからこの時代を代表するのは、森村泰昌や宮島達男などのアーティストなのですが、しかしこの時代は同時に雑賀雄二や宮本隆司の廃墟写真の登場した時代でもあったのです。バブルの華やかさの陰で、実はバブル後の失われた十年と呼ばれるようになる日本社会の崩壊を先取りした写真表現が登場していた事は、忘れてはならないものがあります。


名品とは何か?

 

 

 人類の歴史の中で、芸術作品もその様態を変化させて来ています。

 自然採取の原始時代の美術も、次第に変化して、日本の例で言えば、縄文中期の火炎型土器や王冠型土器のような複雑なものにまで至っています。その後に稲作がはじまり、農業革命が伝播すると急速に文明化して、美術や建築も変貌します。この変貌の大きさには目を見張るものがあります。

 先日東京国立博物館で展示された阿修羅像は、日本の仏教彫刻の中で、初めて《超1流》になった名品です。今回の展示では後ろまで見ることが出来たのですが、後ろまで良くできていて、見事に彫刻になっていて、深い感動に捕われました。後ろから見られる事は、同時に側面からも見える事で、三つの顔を持つ像ですが、正面の顔が《超次元》、左の顔が苦悩に満ちている《第41次元》、そして右の顔が《第6次元》という自然性の領域になっていて、その世界観の大きさに驚かされました。3組の手の表現もすばらしくて、特に上にのばされて一組の手が、巨大空間を支えるように成立していて、彫刻としての大きさを示していました。こうした《真性の芸術》に触れると、初めて、我々は芸術のすばらしさを知るのです。多くの観客が来ていましたが、このこともまた深い感動を呼ぶ事実でありました。



シニフィアンからシニフィエへ

 

 産業社会から、情報社会への転換は、物質文明から、知価文明への転換と言えるでしょう。それは現実には情報リテラシーとか、コンピューター・リテラシーの必須化として登場して、これらの無い人を、非識字者として排除する動きとなって顕在化しました。

 美術や建築、さらには音楽、そして文学に現れて来ている事は、こうした新しい識字(リテラシー)が、表現のシニフィアン(記号表現)から、シニフィエ(記号内容)化というかたちで出現している事です。

 ソシュールが一般言語学として考えた言語というシーニュ(記号)は、シニフィアン(記号表現)とシニフィアン(記号表現)が、不分離なものとして考えられていました。しかし芸術表現の分析にこの用語を拡張して使うと、産業革命以前の前近代の表現は、シーニュとしての統合性が見られます。しかし産業革命をへた以降の芸術は、物質文明性へと還元される動きに巻き込まれてシニフィアン化して行くのです。このシニフィアン性こそがモダンアートの大きな特徴であったのです。

 しかし一九七五年にアメリカがベトナム戦争に敗れた以降になると、音楽や美術はシニフィエ化して行きます。物質文明の芸術から、情報文明の芸術への転換が、表現のシニフィエ(記号内容)化として現れた所に、情報芸術の新しさがあったのです。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

『第15回アート・スタディーズ 』へのお誘いです。
7月6日(月)午後6時から京橋のINAX:GINZAです。

              ディレクター・彦坂尚嘉
======================================================
レクチャー&シンポジウム
20世紀日本建築・美術の名品はどこにある?
第15回アート・スタディーズ 
1985年〜1994年「『85年革命』期の建築と美術」

「1985年前後に新人類と呼ばれる著名人が登場し日本社会に旋風を巻き起こした」と
いう主張が「85年革命」と呼ぶもの。批評では浅田彰、中森明夫など、 美術では森
村泰昌、宮島達男など、建築ではポストモダン建築が流行している。文学では田中康
夫、高橋源一郎、島田雅彦、小林恭二などなのだろうが、たしかに1986年のバブル経
済の中で、日本の国際化も急速に進展して、1990/2000年代の《根拠なき熱狂》へと
登り詰める出発点を形成しています。

ゲスト講師

【建築】テーマ 《日本のポストモダンと装飾》
   
    講師  平塚 桂(建築ライター)
        サブテーマ「高松伸とポストモダンの時代」
        
        講師  山田 幸司(建築家) 
        サブテーマ「ジャジィなポストモダン−石井和紘−」

【美術】テーマ 《「日本の廃虚化」を未来に見て》
           
    講師  白濱 雅也(アーティスト、デザイナー)
        サブテーマ
        「雑賀雄二『軍艦島』廃墟芸術は予知夢か」
   

    講師  高橋 直裕(世田谷美術館学芸員)
        サブテーマ 「宮本隆司−都市の変貌と写真−」

『アート・スタディーズ』とは?
アート・スタディーズは多くの人の鑑賞に資する、歴史に記録
すべき《名品》を求め、20世紀日本の建築と美術を総括的、通
史的に検証、発掘する始めての試みです。先人が残してくれた
優れた芸術文化を、多くの世代の人々に楽しんで頂けるよう、
グローバルな新たな時代にふさわしい内容でレクチャー、討議いたします。
いたします。

◆ディレクター
彦坂尚嘉(美術家、日本ラカン協会会員、立教大学大学院特任教授)
◆プロデューサー
五十嵐太郎(建築史家、建築批評家、東北大学助教授)
◆アドバイザー
建畠晢(美術批評家、国立国際美術館館長)
◆討議パネリスト
◇五十嵐太郎(建築史、建築批評、東北大学准教授)
◇ 伊藤憲夫(元『美術手帖』編集長、多摩美術大学大学史編纂室長)
◇暮沢剛巳(文化批評、美術評論家)
◇藤原えりみ(美術ジャーナリスト)
◇橋本純(編集者)
◇南泰裕(建築家、国士舘大学准教授)
◆司会
彦坂尚嘉(アート・スタディーズ ディレクター)
◆年表作成
橘川英規(美術ドキュメンタリスト)



◆日時:2009年7月6日(月)
17:30開場、18:00開始、21:00終了、終了後懇親会(別会場)
◆ 会場:INAX;GINZA 7階クリエイティブスペース(前回までと異なります)
(東京都中央区京橋3−6−18/地下鉄銀座線京橋駅2番出口徒歩2分)
(当日連絡先は 090-1212−4415 伊東)
◆定員:60名(申込み先着順)
◆参加費:500円(懇親会参加費は別途)
◆お申し込み・お問い合わせは
氏名、住所、所属、連絡先、予約人数を明記の上、下記e-mailアドレスへ
art_studies2004@yahoo.co.jp

詳細情報はこちら
http://artstudy.exblog.jp/

◆主催 アート・スタディーズ実行委員会
◆共催 リノベーション・スタディーズ委員会
     
◆後援 毎日新聞社
    日本建築学会
    日本美術情報センター

◆ 協力 ART BY XEROX  

 

 

 


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:アート

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。