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人間関係の素描(校正1) [生きる方法]

人類の歴史も、長すぎて、複雑になってきている。

 そのために、今日起きている事柄も、

どのように整理していいのか、判らなくなるのです。

 特に人間関係は、難しくなっています。

以下に述べることは、その概略のデッサンです。

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人間の歴史を、簡単に次のように整理します。

■自然採取の時代

 ここでは人間は小グループ(猿の群れからの類推では最大で120人くらい)で、定住はしないで移動し続けていました。この人間関係の基本、グループ外からの婚姻関係を含む血縁集団です。

 このグループの内部には、貨幣経済や流通システムは存在しませんでした。この原始共産制の人間関係が、人類のユートピアであって、その後の人間関係も含めて、常にこの貨幣経済を含まない直接的な人間関係への希求が、人間関係の欲望の原動力になります。

 この原始共産制の共同体が複数あって、この間で交易が発生します。それが沈黙交易です。つまり原始共同体の内部はコスモス(秩序)ですが、その外部であるカオスから、交易というビジネスが生まれ、やがて貨幣が生み出されます。このカオスから生まれた交易=ビジネスが、歴史が進むに従って、次第に共同体であるコスモスの内側に折り返されて、コスモスを切り裂いていく形で、共同体の構造を変質させていきます。

 現在の高度消費社会というのは、交易=ビジネスというカオスから生まれたカオスの変形物が、人間の諸関係が持つはずの原始共産主義的秩序をズタズタに切り裂いている状態です。

 今日、ボランティアやNPOなどの非営利的活動が要請されるのは、人間の社会の本来の秩序=コスモスを回復するには、交易=ビジネスの持つカオス性を排除した人間関係が重要だからです。

市場の持つカオス性は、抑制されないと、実は社会そのものが解体されてしまうほどのカオス原理で作動する機械なのです。このことを良く現した結果が新自由主義の暴走が生み出した現在の金融危機です。

■農業革命後の文明社会

 さて、話は長いのではしょっていきますが、人間が定住してエジプトに代表されるような文明社会を形成すると、それまでの原始共同体の血縁秩序に、さらに地縁秩序と、世界宗教によるモラル秩序=象徴界の秩序が、人間関係を形成することになります。

東アジア文化圏では、それは儒教秩序が代表するような恩や義理等々の封建意見秩序関係です。

■産業革命後の近代社会

産業革命が成立すると、人間社会は近代化されるのですが、近代は、その前の象徴界秩序での人間関係を解体する運動となります。

封建秩序を否定することで、近代個人主義を前提に、平等性や人権、自由、博愛などの理性的な価値による人間関係の再編が行われるのです。

■情報革命後の現在

はしょって書きますが、現在の情報革命は、これら近代の理性的人間関係と称せられていたもの、つまり大文字の人間そのものの死と解体の中で、再編が進んでいるのです。

 人間=近代ヒューマニズムが死んだのが現在の社会です。

 これが何に帰結するのかは、最終的な姿が見えませんが、かつての血縁、地縁、封建的諸関係、さらに学閥、会社関係等々では無い関係に、流出してきているのです。

この古い人間関係の解体を進めているのが情報リテラシーや、コンピューターリテラシーの作動なのです。この暴力的な破壊力は驚くべきものがあって、それが指し示しているのは、かならずしもグローバルな世界の形成ではなくて、あたらしいし小さな擬似的な共同体ともいうべき島の形成にむかっているのです。石鹸をとかした水にストローで空気を吹き込んだような泡の無数の閉じた球体世界の乱立と集合の世界。この新中世世界の形成に、世界構造は向かっているかのようなのです。

整理すれば、私たちの内側で作動する様々な過去系の人間関係、それは血縁関係であり、地縁関係であり、学閥、ビジネス関係、等等の関係の中で、原始共産制の失われたユートピアへの回帰衝動と、金銭的な欲望と、さらには新しい情報化社会の社会秩序を模索する情報リテラシーを巡る関係の性の探求といった、複雑な欲動機械の作動なのです。

その中で、多くのアーティストは、自己愛の盲目性にとらわれて、他者排除の機械と化しているのです。

 しかし、文化そのものは、他者愛の可能性を模索する動きもまた強く作動し続けているのです。他者への愛を欠いては、文化は形成できないのです。

原始的共産主義

封建的秩序

近代の人間秩序

そして現代の人間の死以後の秩序

この4つの人間の関係の重なりと、相互の否定破壊関係が問題を複雑にしているのです。


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