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事実誤認の訂正/北斎とクールベ+誤植 [空想皇居美術館]

世界の起源.jpg



この絵は、クールベの「世界の起源/The Origin of the World」という作品です。
見る人に不快感を与える面がある作品ですが、事実を事実として、直視している作品であって、エロティシズムはありますが、猥褻ではありません。

「猥褻」という言葉の定義は難しいし、人によって考えが違うでしょうが、彦坂尚嘉が「猥褻」という言葉を、この絵に投げかけると、こだま(木霊)が「猥褻ではない」と返ってくるのです。言葉を投げかけて判断するのが、《言語判定法》なのです。つまり画像をイメージだけで見るのではなくて、言語との関係で測定するのです。この場合、測定者の位置や、個人性はありますので、人によっては、同じ言語を使っても違う結果が出る可能性はあります。しかしそれは《イメージ判定法》でも同様の主観性はあるのです。《現実判定法》ともいうべき科学判定でも、観測者の主観の問題はあるというのが、現代自然物理学の常識なのです。ですから《現実判定法》だけが私的で主観的というものではありません。


この絵は精神分析医のジャック・ラカンが所有していた事のある絵で、現在はパリのオルセー美術館にあります。私は実物を見に行っています。絵のある部屋には椅子があって、私は座って、長々とこの絵を見ていましたが、不思議な絵画です。エロティックではありますが、しかし猥褻な絵画ではありません。
これは何なのだろうか?

彦坂尚嘉責任による世界の起源/The Origin of the Worldの芸術分析
 
《想像界》の眼で《第41次元〜50次元》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》
《現実界》の眼で《第41次元〜50次元》の《真性の芸術》
 
 
《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ重層的な表現。
ただし《サントーム》は無い。

液体/固体/絶対零度の3様態をもつ多層的な表現。
ただし気体/プラズマの2様態は無い。
 
 
《シリアス・アート》であって、《気晴らしアート》性は無い。
《ハイアート》であって、《ローアート》性は無い。
シニフィアン(記号表現)の表現で、シニフィエ(記号内容)表現ではない。
理性脳の表現であって、原始脳的な表現性は無い。

《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』【A級美術】

《原芸術》《芸術》《反芸術》は有るが、
しかし《非芸術》《無芸術》《世間体のアート》性が無い。

貴族の芸術

作品空間の意識の大きさが《国家》である。

鑑賞構造が《対話》である。

呪術美術や宗教美術ではなくで、科学美術である。
ただし情報美術ではない。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

《言語判定法》での芸術分析をしてみて分かる事は、
何よりも液体美術であって、つまり近代絵画です。
そして宗教美術ではなくて、科学美術であるということです。

キリスト教美術というのがありましたし、仏教美術というのがあったのですが、キリスト教は美術ではないし、仏教も美術ではありません。つまり美術そのものは仏教やキリスト教ではないのですが、それが宗教と接合していた。そうした宗教美術の時代が終わって、今度は美術が科学という《近代》の上部構造と接合したのが、クールベの絵画であったのです。科学美術というものの魅力が、この女性の股間を見つめる眼差しになっているのです。

そこには《原芸術》《芸術》《反芸術》性はありますが、
芸術の下部構造である装飾性やデザイン性、
そして《世間体のアート》性がありません。

何よりも驚くのは《想像界》《現実界》には
《第41次元〜50次元》しかない表現である事です。
このことは山本藍子の絵画作品や、大木裕之の映画にも共通して
見られる構造なのです。
つまり《第41次元 戦争領域》の芸術なのです。

748px-Courbet,_Gustave_-_Woman_with_White_Stockings_-_c._1861.jpg

クールベというと、自然主義リアリズムの画家として教えられていますが、
しかしこのようなエロティックな絵画にある眼差しというものが、
猥褻ではないということにおいて、改めて問われるものを持っている
のです。
猥褻とエロティシズムの差とは何なのか?

彦坂尚嘉責任による白いストッキングの少女の芸術分析
 
《想像界》の眼で《第41次元〜50次元》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《超次元〜第41次元》の《真性の芸術》
《現実界》の眼で《第41次元〜50次元》の《真性の芸術》
 
 
《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ重層的な表現。
ただし《サントーム》は無い。

液体/固体/絶対零度の3様態をもつ多層的な表現。
ただし気体/プラズマの2様態は無い。
 
 
《シリアス・アート》であって、《気晴らしアート》性は無い。
《ハイアート》であって、《ローアート》性は無い。
シニフィアン(記号表現)の表現で、シニフィエ(記号内容)表現ではない。
理性脳の表現であって、原始脳的な表現性は無い。

《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』【A級美術】

《原芸術》《芸術》《反芸術》は有るが、
しかし《非芸術》《無芸術》《世間体のアート》性が無い。

貴族の芸術

作品空間の意識の大きさが《国家》である。

鑑賞構造が《対話》である。

呪術美術や宗教美術ではなくで、科学美術である。
ただし情報美術ではない。

クールベのエロティシズムの絵画は《シリアス・アート》であって、
《気晴らしアート》ではないのです。
それ以上に重要なことは、すでに述べたように液体美術という
《近代》の美術であって、しかも科学美術である事です。

このことは、同じ様な少女の股を描いたバルテュスの作品と比較すると
明らかになります。

Balthus1938.jpg

Courbet+Sleep.jpg

閑話休題、葛飾北斎の作品に関して、彦坂尚嘉が基本的な間違いを
『空想皇居美術館』(朝日新聞出版)


この波はボリュウムのあるもので、しかも遠景との関係をふくめて見ると、
西洋遠近画法で描かれています。
西洋の透視画法を用いた「浮絵」の作品なのです。

北斎の出発は、実は西洋遠近画法を吸収した浮世絵版画の制作がデビュー作品
なのです。この作品も、初期の西洋の銅板画を見て、影響を受けた作品と
言われています。

北斎は司馬江漢らによって江戸に広まった洋風画に多大な感心を寄せる所から、
出発しているのです。



柄谷行人は、『』

クールベの波2.jpg


クールベの波5.jpg

クールベの波7.jpg

クールベの波6.jpg

クールベの波5.jpg



クールベの波3.jpg


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