ツイッター小説 『青空の遅延』1〜8 [ツイッター小説]
ツイッター小説
彦坂尚嘉・北美紀著
『青空の遅延』
1〜8
1
善意の無い意地悪そうな中年の女性は、自分の生まれた岡山の街の退屈さを話した。
私に敬語を省いた様な、命令口調を使うか、赤ん坊をあやすような口をきく。
私は、黙って聞いて、時折、眼を車窓にそらした。
列車が岡山に着くと、彼女は「つまらない話を聞かせてごめんなさいね」と言って、下りて行った。
「ちょっといい?」。
ユミからの電話だ。
この声色からすると、たぶん話は長くなる。
明日朝早いのに、とわたしは憂鬱になった。
「この前一緒に旅行したリツコっていたでしょ。あの子が、言ってたんだけど」。
そこから漏れたか。
わたしはユミの男を奪ったのだ。
そして2時間後5年来の友人を失った。
2
「美術館から飛んで来たものとなります」と警官は言った。
緑色の銅板で、それが世田谷美術館の屋根の一部らしいと分かっても、富美子には、どうしてそうなったのか見当もつかなかった。
小さな竜巻が屋根をもぎ取ったのか?
それが環状八号線を走っていた夫の車を直撃して、死に至らしめたのである。
春の暖かい頃なら?
秋の爽やかな頃なら?
季節を選べば、隆の足は外へ踏み出せるのか。
冴子は笑う。
つまり8年前の自分を見るようだ、と。
隆はその笑顔を見るとついカッとなってしまう。
徹底的に遅れていることを自覚し、拳を握る。
そしてまた固まる。
隆が引きこもり続けて3年だ。
3
真夜中の出航を待つ青森湾のフェリーターミナルの埠頭には、パチンコ大の雹(ひょう)が、コンクリートの岸壁を砕く勢いで降りそそいでいた。
晋輔は窓ガラス越しに、 黒い海を背景にした小さな粒子の響宴を見ていた。
心の中にまで雹が飛び込んで来て、晋輔の不幸を打ち砕いてくれているようだった。
なぜわたしはこんなところに一人でいるんだろう、と思う。
けれど晴れた日の公園にはある種の包容力があるのかもしれない。
あの人間関係の中にはそれがない。
わたしは自分で思っているよりも疲れていたのか。
再び地下鉄に乗って街に戻ると、わたしは大好きな肉まんを買って明日にそなえた。
4
鬼ヶ山の山麓には、絶え間なく白煙を吹き上げている谷がある。
硫黄の強い臭いが風に乗って流れ、水蒸気は時折高く吹き上がる。
巨大な温泉の噴出口があって、鬼ヶ山温泉の九軒の宿の風呂を満たしていた。
田嶋精一郎は、肌にぬるぬるする湯の熱さに耐えながら、何かを集中して考えようとしていた。
僕は待ち合わせ場所で驚いた。
彼女の服はあんまりだった。あいつらにバカにされる、と思って、彼女を無視して祭りの中に入っていった。
彼女は傷ついた顔をして立ち去った。
帰り、門のホテルの近くの欅の下に、彼女が立っていて呼ばれた。
服はひどいけど、この声はかわいくて、謝ってしまった。
5
会社の呈をなさなくなって、すでに3ヶ月はたっていた。
滝田広美は、真っ赤になって怒った。
「はっきりしていないからこそ、たくらみであって、はっきりしていれば、それは企画というのよ!
企画会議なのだから、組織を組み変えるというのなら、それはそれでいいのよ。役員会議に提出しましょうよ」。
その男の車に乗った理由は「なんとなく」だ。
綾が毛嫌いする街を出て3時間、男の車は東京に向かっていた。 綾はいつもこういうとき、なにを話していいのか分からない。
本当は「あたしちょっとおかしいんだ」と誰かに言ってみたい。
綾はシートの上で身じろぎし、「超肩凝ったし」とつぶやいた。
6
和子はタオルで手を拭きながら振り返った。
「お父さん留守で、良くわからないです」。
お父さんがいないから・・・、お父さんに聞いて見ます・・・そういう返事ばかりを母親が出て行ってから和子はしていた。
プロパンガスの集金人は請求書を置いて、ボンベを積んだ車が去って行くと静寂が和子を包んだ。
妻が泣いている。怒る気力もなくしたか。
同じ映画を繰り返し3回も見ていているのだ、あたりまえだ。
しかもここは南国のリゾートホテルだ。
自分でもなぜこれを再生してしまうのか分からない。もうすぐ終るからまた再生させてしまうだろう。
そして妻はわたしを恐れるようになるだろう。
7
500円送ります。湘南台なので,そちらに取りに行って良いのですが、お留守の時に行っても無駄なので、郵送をして下さった方が樂かもしれません。
三木正雄は、そんなメールを香苗に出してから、犬の散歩に出た。
今日は昨日の嵐が嘘のように良い天気だった。
昨日は10月の後半なのに台風が来たのだ。
近くにファミレスがあることは知っていても、舞はそこに入ろうとは思えなかった。
だから2時間も、駅ビルの待合室で深夜バスの出発時刻を待っている。前の列の右端の椅子に、ホームレスらしき男がいる。
ずっとそこにいるのはこの二人だけだった。舞の隣にもう直樹はいない。涙も出なかった。
8
久しぶりに江ノ島まで自動車を走らせた。江ノ島の水族館に行くつもりだったが、慣れないせいか駐車場の入り口を通り過ぎてしまって、134号線をそのまま走る。
昔の記憶はもはや無くて、初めて走る道のように見える。
両側の松林は、良三を拒絶するかのように長く連なって、空も冷たく青かった。
「わ〜すごい色」。
姪の美穂が本棚の端に置いた木枠の中の写真に見入る。「本当にこんな色なの?」そんなもんじゃないわよ、とわたしは答えたけれど、頭の中であの海の色を正確に再現できないのだ。
音。波の音なら、少し。それでも遠くなった。
わたしは美穂の肩越しから写真立てに手を伸ばした。
ヴェンダース『ベルリン・天使の詩』を思わせる質感ですね。
分かるようで分からないような、言葉が投げ出されているようで繋がっているような、不思議な魅力を感じました。とても面白く読ませていただきました。
人々のつぶやきが連なっていく手法は、ツイッターならではの必然的なものなのでしょうね。(僕はツイッター傍観者なので、分からない部分が多いのですが、)ツイッターに書き込みをしている人々は何を求めているのでしょうか。『ベルリン・天使の詩』のように、ツイッターの中にも天使はいるのか、そんな連想もして興味深かったです。
1998年、エヴァンゲリオンほど社会現象にはならなかったようですが、『serial experiments lain』というアニメが話題になったそうです。
これは第二回文化庁芸術祭のアニメーション部門で優秀賞にも選ばれているのですが、この作品の中で繰り返し語られ、問題となるセリフに、
「ワイヤード世界[=ネット世界]には神がいる」
という言葉がありました。
これは、攻殻機動隊にも共通している問題意識だと思うのですが、ネットの中に超越的な存在がいると妄想することや、ネットの中で拡大・拡散されていく人間の意識などについて、彦坂先生は日頃、ブログを更新していたり、
今回ツイッター小説を書いていたりして、お感じになることはありましたか?
不躾ですが、情報化社会の中で文章活動をしていくことや、そのときの人間の意識などについて、ツイッター小説を叩き台にしてブログでも取り上げていただけたら、文学を学んでいる者として、ありがたいです。
by 猪俣和也 (2009-11-28 16:39)
猪俣様
コメントありがとうございます。
ツイッター小説は、想像以上に面白くて、とにかく、今のものをかなりの量書く事を考えています。第2弾も構想中です。
ネット世界には神がいるというのは、基本的な認識なのです。
これについては、何冊も本が出ていて、私も3冊ほど読んでいます。一番通俗的なのはリング3部作でしょうか。
私自身は、ですから、基軸通貨無き世界を夢見るし、そして新中世の到来への予感の中で生きています。
by ヒコ (2009-11-28 20:18)